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焦点:米テック企業に広がる労組結成の波、経営陣は対応に苦心

2021年11月27日(土)07時59分

 今年6月、地図情報サービスを提供するスタートアップ企業の米マップボックスの経営陣は、従業員にショッキングな知らせを伝えた。写真はニューヨーク・ブルックリンに置かれたプラカード。10月25日撮影(2021年 ロイター/Brendan McDermid)

Julia Love

[サンフランシスコ 23日 ロイター] - 今年6月、地図情報サービスを提供するスタートアップ企業の米マップボックスの経営陣は、従業員にショッキングな知らせを伝えた。同社は1億5000万ドル(約173億円)の資金調達のチャンスを逃したが、その原因が労働組合結成の動きにあったというのだ。

この知らせはズーム上での全員参加のミーティングで伝えられたが、この段階ですでに、ソフトバンクが支援するマップボックスで労組加入資格を持つ米従業員のうち約3分の2が、労組結成を希望するという意志を表明する書面にサインしていた。同社以外にも、シリコンバレーでは労組結成の動きが活発になっている。

だがミーティングを機に流れは変わった、と同社の現従業員・元従業員各1人は語る。同社経営陣が資金調達の失敗を明らかにし、従業員が労組を結成するなら、そうしたトラブルが繰り返されるのではないかという懸念を表明したからだ。直近の非公開の資金調達ラウンドではマップボックスの評価額は10億ドル以上とされており、複数のいわゆる特別買収目的会社と株式上場に向けた協議を進めていた。同社の従業員は8月、投票により労組結成を否決した。

マップボックスの対応からは、労働組合が労働者の囲い込みを模索する中で、テクノロジー企業が抵抗を試みる手法が垣間見えてくる。

ここ数年、全米通信労働組合(CWA)と、事務専門職従業員国際労働組合(OPEIU)はシリコンバレーにおけるキャンペーンを開始し、キックスターターやグリッチのようなスタートアップの従業員の組織化を推進している。またCWAはグーグルの親会社アルファベットでも労働組合を結成した。これは団体交渉権を持たない、いわゆる「少数派組合」だ。

テクノロジー企業従業員や組合の組織担当者は、労働組合が浸透する一方で、テクノロジー企業の間では1つの対応マニュアルが広まりつつある、と語る。

まず、組合の存在がそのスタートアップ企業の展望、特にその資金調達能力に影響を与えかねないと警告する。次いで、従業員には労組の必要性に疑問を唱える権利があることを思い起こさせる。そして、説得力を高めるために法律事務所やコンサルタント企業と契約する、という段取りだ。

「テクノロジー企業は、労組を排除するために必要とあらば手段を選ばない」と語るのは、サンフランシスコ州立大学で労働問題を研究するジョン・ローガン教授。「労組は食品加工工場や鉱山の労働者にはふさわしいが、テクノロジー部門には似合わないと考えているのかもしれない」

<変化する力関係>

労働組合の働きかけはまだ初期段階であり、テクノロジー産業で労組結成の動きが広がるかどうかは未知数だ。だが、従業員らへの取材から判断するならば、長年にわたり労働者の組織化には無縁であると見られてきた分野で労組を受け入れる動きが広がっていることは、テクノロジー企業と従業員の間で力関係の再編が幅広く進んでいることを物語っている。

テクノロジー企業の従業員の多くにとって、高給が約束されるだけではもはや十分ではない。従業員や組合関係者らは、健全な労働条件と、自分たちが作る製品が社会に害悪を及ぼしていないという安心感も必要とされている、と語る。

だが、ハイリスク・ハイリターンが当たり前のスタートアップ企業では、従業員は自分が手にしたストックオプション(自社株購入権)の価値を台無しにすることを嫌うし、解雇のリスクが高まることも嫌がる。CWAのウェズ・マケナニー氏は、だからこそ、資金調達に悪影響が出るという警告がこれほど効果的なのだと語る。

マップボックスだけでなく、キックスターターとグリッチの経営陣も、労組結成が将来的な資金調達を危険に晒すと警告したことが両社の元従業員への取材で判明している。マケナニー氏によれば、ミディアムのエバン・ウィリアムズ最高経営責任者(CEO)も、従業員に対し、労組が幅を利かせる企業から投資家は逃げてしまうかもしれないと語ったという。

マップボックスは声明で、「利益と犠牲を熟慮した結果、弊社従業員は、圧倒的に労組結成への反対票を投じた」と述べている。「彼らには選択の自由があったし、結論に曖昧なところもなかった。私たちは今、事業の成長と顧客へのサポートに専心している」

キックスターターとグリッチはコメントを控えるとしている。またウィリアムズ氏からの回答は得られなかった。

オレゴン大学労働教育研究センターのゴードン・レーファー氏は、米国法のもとでは、企業が労組の結成を理由に解雇をちらつかせることは許されないが、業績に悪影響が出るという予測を示すことはできる、と説明する。

<恐ろしい数字>

ロイターの取材に応じた投資家、フィナンシャル・アドバイザーの中には、スタートアップ企業に労組が存在すれば、従業員の一時解雇(レイオフ)や新たな報酬ルールの追加が困難になるため、マイナス材料になると考えているという意見も見られた。

一方、ベンチャーキャピタル企業ブルームバーグ・ベータを率いるロイ・バハット氏は、労働組合が存在するからといって、投資家が有望なスタートアップ企業への投資機会を敬遠するかどうかは疑わしいと語る。

「ベンチャーキャピタリストは、企業広報上のジレンマや規制に影響されやすい点、あるいは共同創業者の問題に至るまで、投資を妨げる多くの障害を乗り越えていく。それと同じように、労組も企業のもう1つの側面にすぎない」とバハット氏。「致命的な要因とは言えない」

労組対策での実績で知られる法律事務所ジャクソン・ルイスは8月、「労働組合とテクノロジー企業従業員の不似合いな結婚」というタイトルのポッドキャストを発表した。同事務所に所属するローラ・ピアソンシャインバーグ弁護士は、テクノロジー企業から今後の労組結成キャンペーンへの懸念について問い合わせが増えてきたことに刺激されて、このポッドキャストの収録を思いついたと語る。

在宅リモートワークへの移行は企業と従業員の絆を弱める一方で、労組結成への道を開いている、とピアソンシャインバーグ弁護士は語る。

マップボックスはNPOと関係が深いことで知られている。だが現・元従業員らによれば、近年では、一部の従業員の間で、自社の位置情報テクノロジーが顧客にどのように利用されているのか懸念が深まっているという。

元従業員の1人は、特に懸念されているのは、マップボックスとソフトウェア企業のパランティア・テクノロジーズとの関係だとしている。また、今後レイオフが行われた場合に備えて仲間を支援する体制を整えたいという希望もあった。

パランティアにコメントを求めようとしたが、今のところ反応は得られていない。

「マップボックス労働組合」のウェブサイトで、メンバーらは「持続的で説明責任を果たす、包摂性のあるマップボックスを作るために」連帯すると記していた。

マップボックス経営陣は、労組結成に反対するさまざまな論拠を提示したが、特に従業員の心に響いたのは資金調達への懸念だった。ある従業員は、経営陣がズーム上で資金調達の失敗に触れたとき、何人かの従業員が「それは困る」と言うように首を横に振ったのが見えたと話す。その後、それまで労組結成に賛同していた従業員の一部が、組織化を進めていたメンバーに心変わりを告げた。

ある従業員は、失われた投資の1億5000万ドルというのは「非常に大きく、恐ろしい数字だった」と語る。「その数字が呼び覚ました恐怖感は消えなかった」

(翻訳:エァクレーレン)

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