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アングル:日本「脱炭素」で重い腰、電力安定供給へ課題も

2020年10月26日(月)17時45分

10月26日、日本がようやく「脱炭素」に重い腰を上げた。写真は風力発電のタービン。都内で2011年7月撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

清水律子

[東京 26日 ロイター] - 日本がようやく「脱炭素」に重い腰を上げた。産業としても期待される洋上風力などの再生可能エネルギーを主力電源と位置付け、育成に本腰を入れる。ただ、電力の「安定供給」のためには、蓄電池など島国日本にとって必須な技術の確立を急ぐ必要があるほか、原発再稼働の議論は避けて通れない現実もある。他国に遅れをとっている現状、この目標を掲げなければ、国際社会での活動がままならなくなる懸念に背中を押された格好だ。

日本政府はこれまで「2050年までに80%削減」や「50年にできるだけ近い時期に脱炭素社会を実現できるよう努力」としていた。ある政府関係者は、50年の実質ゼロ目標について「困難だが、チャレンジしなければならない課題」とし、今後、政府や企業、個人全てで多大な努力が必要になると指摘した。

<洋上風力、産業育成と国民負担のジレンマ>

今後10年間で原発10基分に当たる10ギガワットの発電能力を確保する方向が打ち出され、ようやく動き出そうとしている「洋上風力発電」は、遅々として進まない日本の再生可能エネルギー拡大の鍵になるとの期待が高まっている。1基当たりの投資額が大きい上、関連産業の裾野も広く、現地生産に向いていることから「産業化」への思惑も強い。

一方で、第1回の入札に関する買取価格が予想を大きく下回る水準に設定されることとなり、業界からはすでに、採算性に疑問符が付くとの指摘が出ている。再エネの柱と期待する洋上風力で早くも、産業育成と国民負担減の板挟みに陥っている。

9月、経産省の調達価格等算定委員会において「固定価格買取制度(FIT)」によって洋上風力発電プロジェクトの電力を買い取る価格の上限額「29円/kWh」が示され、委員会で賛同を得た。太陽光発電などの買い取りで重くなってしまった国民負担を軽減するため、14―19年度の着床式洋上風力発電の買取上限の36円から約2割も下がった価格となり、ジャパン・リニューアル・エネジーの安茂会長は「業界にとっては衝撃的な低い値段」と話す。

この価格については今後パブリックコメントを経て正式に決めることになるが、委員会では、他国との価格差を縮める必要があることからさらに下げる努力を求める声が相次いだ。

しかし、安価に決まれば、中国や韓国から安い機材を輸入しなければ採算が合わなくなる。日本風力発電協会専務理事の中村成人氏は「コスト低減と産業育成のバランスが重要」と指摘する。

再エネのトップランナーだった太陽光発電は、導入を促進するためにFITの価格を高く設定。委員の1人である山地憲治氏(公益財団法人地球環境産業技術研究機構副理事長・研究所長)は、電力会社は買い取り費用を電気料金に上乗せしてきたため太陽光バブルが生まれると同時に国民負担も増大したと指摘、「太陽光と同じ轍を踏まないように十分注意したい」と話す。

<原発再稼働推進>

再生可能エネルギーを推進する欧州連合(EU)では、天候による発電出力の変動対策として国際送電網を活用して電力の輸入・輸出を積極的に行っている。一方、こうした送電網がない日本において政府は、電力の安定供給のためにも「原発再稼働」は不可欠と位置付けている。

菅義偉首相は26日の所信表明演説の中で「安全最優先で原子力政策を進め、安定的なエネルギー供給を確立する」と明言。梶山弘志経済産業相も同日の会見で、原発を含めてすべての電源を活用していくとし「10年間は原発再稼働の努力期間」と述べた。安全対策の不備や地元の理解などハードルが高い状況も続いているが、ゼロエミッション実現に向けては、避けて通れない議論となってくる。

こうした中、自然エネルギー財団は「脱炭素化を原子力発電の継続の根拠にしようとする議論があるが、高コスト化し、安全性の確保や最終廃棄物処理に課題を抱えた原子力発電に依存することはできない」とくぎを刺す。

<先んじる企業>

政府に先んじて複数の企業がすでに、国際社会やビジネス上不可欠として独自のゼロエミッションを打ち出している。これまで鉄鋼連盟で共通の目標を掲げていたJFEホールディングス<5411.T>は、自社でのCO2排出削減目標を初めて設定した。鉄鋼事業において30年度のCO2排出量を13年度比で20%以上削減することを目指すほか、50年以降のできるだけ早い時期に、JFEグループのカーボンニュートラルを実現する。

同社の手塚宏之専門主監(地球環境)は「投資家からの問い合わせが多いことなどを受け必要だと踏み切った」と話す。低品位の石炭・鉄鉱石から製造される原料を使用する技術など、これから開発が必要な技術も整理し、ロードマップを明確にした。

東京電力ホールディングス<9501.T>と中部電力<9502.T>が折半出資するJERA(東京都中央区)も、50年に事業活動におけるCO2排出量を実質ゼロにする目標を発表した。火力発電所の燃料を水素などに転換するほか、非効率な石炭火力を廃止する。

JERAの奥田久栄常務は「エネルギー事業者であり続けるための必要条件であり、世界で活動するための入場券のようなもの」と、計画発表の意味を説明する。今後、CO2の排出量が少ない電気を求めるニーズも確実に高まってくるとみられ、国がCO2排出の少ない電気を市場でしっかり評価する仕組みを導入すれば「ビジネスベースで十分競争力のある電気になる」と期待を示している。

梶山経産相は「2050年はまだ想像できない」と話し、今後の技術開発の加速に期待を寄せる。国としては、税制などあらゆる支援を行っていく方針だ。

(清水律子 編集:田中志保)

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