コラム

普天間で「転向」した鳩山の功績

2010年05月24日(月)17時47分

最悪の結論 5月4日に沖縄を訪問した鳩山首相に抗議の声をあげる県民(那覇市)
Toru Hanai-Reuters
 


 私の予想より数カ月遅かったが、鳩山政権はついに米軍普天間飛行場の移設先を06年の日米合意案に戻すことを受け入れた。ヒラリー・クリントン米国務長官来日後の22日、日米両政府は名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部に滑走路を建設することで大筋合意した

 今回の2国間合意は06年の計画をほぼ再確認する内容だ。正確な建設地や建設方法などの詳細は今秋のバラク・オバマ米大統領の来日時につめると見られている。

 それでも決着とは程遠い。沖縄の強い反発に加え、連立する社民党も政府案に強く反対している。加えてやっかいなのは、県外移設を強く主張していた小沢一郎幹事長が合意案に反発する可能性があることだろう。

 鳩山政権の「回れ右」を批判したくもなる。だが、当初から政府は06年合意案の再検討も含め、あらゆる選択肢を残して話し合うと繰り返し強調してきた。以前にも述べたが、鳩山政権は誠意を持って対応していた。06年合意を見直すことで、より良い解決策を見つけたいと心から願っていたはずだ。

■参院選前に最優先課題から外せた

 鳩山政権のごく控えめな提案に米政府がここまで厳しい対応をとったりせず、もっと早く日本側に譲歩の余地があるというシグナルを送っていれば、ここまで大きな問題に発展することもなく、何ヶ月も前に解決していたかもしれない。だが問題解決が長引いたことで沖縄県民に集団で反対行動を起こす時間を与え、06年合意の微修正版に国民の理解を得ることはかなりむずかしくなった。

 鳩山政権が06年合意に当初から決して否定的ではなく、鳩山個人が総合的に見て06年合意が最善の策だと信じるようになった可能性も否定できない。慎重な言い回しをする鳩山だから、彼の本音を推し量るのは容易ではない。だが議論が長引けば長引くほど、鳩山は地域安全保障や抑止力の文脈で米軍基地について語るようになった。

 政権は既にダメージを受けている。世論を分断した普天間移設問題のせいというよりは、政府の問題解決能力の欠如が最大の原因だ。国民は、鳩山政権が何カ月もドタバタ劇を続けたあげく白旗を揚げた、と見るかもしれない。7月の参院選の前に普天間問題を最優先課題から外し、ほかの問題に集中する(そして国民の注意も向けさせる)ことができるのが、鳩山政権にとってのせめてもの救いだ。

 日米同盟はどうなるのだろうか。全ての当事者が納得する案を検討するために時間がほしいと要求した鳩山の態度が、同盟にダメージを与えると米政府は警告した。だが日米同盟は悲観論者が考えるより強固なようだ。中国海軍の活動の活発化や、北朝鮮による韓国哨戒艦沈没事件のお陰だと言えなくもない。

■日米同盟をめぐる議論への一歩

 鳩山政権内の一部には、日米同盟から日中の連携に軸足を移す考えを支持する者もいるが、現実離れした提案に過ぎなかった。ところが普天間問題によって、そうした考えもより現実味を帯び始めたように見える。

 アメリカの政府関係者や評論家は鳩山の要求に過剰反応していた。イギリスに新たな連立政権が誕生し、デービッド・キャメロン首相とニック・クレッグ副首相がそろって英米の「特別な関係」についての疑問を口にしても、アメリカ政府が大騒ぎしなかったことを考えればなおさらだ。彼らの言っていることは、日本の民主党の主張とそんなに違いはない。

 イギリスと日本の違いは、イギリスはアメリカとEUの間で「バランシング」をしているのに過ぎないのに対し、日本はアメリカと中国の間で、どちらへ「舵を切る」か決めねばならない、という点にある。もちろんアメリカ政府にとって、イギリスとEUの接近より日本と中国の連携のほうがずっと心配のタネだ。だがそういった違いを考慮しても、鳩山への反応は過剰すぎた。

 アメリカにけんかを吹っかける一方で、中国とは建設的な関係を維持しようとする----そんなアジアの同盟国は鳩山政権が初めてではないし、これで最後でもない。アメリカ政府がこのことを理解することは、アメリカとその同盟国の双方に有益だ。

 今回の合意は、民主党がバランスの取れたアジア中心の外交方針を放棄することを意味するものではない。その外交方針において日米同盟は重要だがすべてではない。中国のみならず、民主党がアジアの国々とより強固な2国間関係を築くうえで、日米同盟はどうあるべきか。普天間の「決断」は、この議論を始めるために必要不可欠な最初の一歩だった。

[日本時間2010年5月23日午後12時43分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story