コラム

オバマは海自給油中止を認めよ

2009年09月14日(月)19時16分

 米国防総省のジェフ・モレル報道官は9月9日の会見で、日本の新政権についてこう発言した。「アメリカも世界も、日本のインド洋上での給油活動から多大な恩恵を受けてきた。われわれは活動を継続するよう強く働きかける」

 このやや強めの発言を除けば、モレルは米政府のいつもの見解を繰り返した。つまり、選挙期間中と現実の政権運営は違う。鳩山新政権には、自民党時代と変わらぬ米日関係を淡々と維持してほしいという希望的立場を述べるに留まった。実際、モレルは総選挙直後に国防総省当局者が匿名で語った、給油を継続するかどうかは「日本政府が決めることだ」という発言には一言も触れなかった。

 藤崎一郎駐米大使は10日の記者会見で、前日のモレルの発言を批判し、「日本の国際貢献は日本が主体的に判断していく」と述べた。

 オバマ政権がこれまで送ってきたシグナルを考えると、モレルの発言は異例だった。米政府のアフガニスタン・パキスタン問題担当のリチャード・ホルブルック特別代表は訪日した際、はっきりとこう述べた(過去に私のブログでも紹介した)――米政府は、自衛隊員よりもカブールとイスラマバードでの経済援助や文民支援を望む。オバマ政権はブッシュ政権の路線と決別したいのだろう。ブッシュ政権が強調した象徴的な貢献にたまたま自衛隊が入っていたという時代を終わらせることで、日本が(主体的に判断して実質的な貢献ができる)いわゆる「普通の国」になりつつあると示唆したいのではないか。

 鳩山政権が給油活動が期限切れを迎える来年1月以降は延長しないと決断しても、オバマはこの決定に横やりを入れるなどという愚かな行動に出るべきではない。モレルや自民党の外務・防衛大臣の主張はともかく、インド洋の給油活動はアフガニスタンの地上に派遣された多国籍軍の意義ある活動に比べると、最初から象徴的なジェスチャーにすぎなかった。海上自衛隊が給油しなくても多国籍軍は活動できたはずだ。

■消せない「湾岸戦争のトラウマ」

 私はずっと、給油活動は未来というより過去に縛られたものだと考えてきた。テロ特措法が成立したのは、9・11テロからわずか1カ月半後。これにより、小泉純一郎首相(当時)は湾岸戦争のときの日本の「罪」を償おうとした。

 湾岸戦争当時、自民党幹事長だった小沢一郎は自衛隊の派遣を模索していた。しかし国会は多国籍軍の「砂漠の嵐」作戦に自衛隊を派遣すべきかという議論に何カ月も費やした末、海部政権(当時)が提出した法案を廃案に追い込んだだけだった。この結果、小沢と当時の大蔵大臣だった橋本龍太郎には「札束外交」と揶揄された選択肢しか残されず、以後10年にわたって、自衛隊を派遣しなかったことが失策として語られた。

 そして01年、小泉政権は10年前のトラウマを消し去る最初で最高のチャンスを手にした。この時、日本がもっと大胆な安保政策の転換を図っていたなら、より重要な年として記憶されただろう。だがイラク戦争への批判が高まり出すと、ブッシュ政権に言葉以上の支持を送ることは難しくなっていた(自衛隊がイラクのサマワに派遣されるまでどれだけ長い時間がかかったことか)。

 こうして日本は、インド洋の「ガソリンスタンド」という立場に終始することになった。9・11以後の日本は象徴的な貢献で、いつものように最もリスクの少ない道を選びながらも米政府から最高の謝辞を送られていた。

 それでも、現在この「札束外交」が実際に地上で役立っているのであれば、オバマ政権は大いに満足するだろう。米政府が鳩山政権による給油打ち切りに反対しても、得るものはないに等しい。それどころか、両国間のムードに影を落とすなど失うもののほうが多い。

 象徴的な任務を打ち切ることは、民主党が自分たちの手で日米同盟を変化させたと誇示するのに絶好の機会だ。米政府に脅されて「要請されれば」何でもやるという日本の立場を変えるのだ。

■オバマなら鳩山の話に耳を貸す

 オバマ政権は給油打ち切りを受け入れるべきだ。だがすぐに、給油に代わる支援としてどんなプランがあるのか鳩山と協議したほうがいい。

 民主党政権が日米同盟に異なるアプローチをしてくることは確実だ。米政府の対応には次のような2つの選択肢がある。

 1つは、自民党のようにアメリカに「敬意を表して」くれないことに腹を立て、ワシントン・ポストのコラムニスト、ジム・ホーグランドが言うように「大事なものを(自民党時代の)無用なものと一緒に捨てる」なと、民主党政権に警告すること。もう1つの選択肢は、民主党政権は日米同盟を含め日本を違う方向に導いてほしいという国民の信任を得て誕生した、その事実を受け入れることだ。

 ホーグランドは、官僚や自民党にもっと優しくしろと民主党に言うことが米政府の役割だと、本気で考えているのだろうか。誰か彼にアメリカの日本占領は大昔に終わったのだと教えてあげる人はいなかったのか。

 オバマ大統領の強みの1つは、異議を唱える人の話を誠意をもって聞けることだ。9日に行われた医療保険改革についての議会演説でも、この資質を披露してくれた。

 民主党がこれまでの自民党政権が築いてきた日米関係のあり方に懸念を示すのはもっともであり、私はオバマ政権がその声に耳を傾けることを願っている。対する民主党も当然、同じ態度で臨むべきだ。誠意をもって主張を展開し、アメリカを敵に仕立てあげようという誘惑に屈するべきではない。

[日本時間2009年09月11日(金)16時57分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京ガス、米シェブロンとシェールガス共同開発 テキ

ワールド

中国軍、台湾周辺で軍事演習開始 頼総統を「寄生虫」

ワールド

トランプ氏、CHIPS法監督と投資促進へ新組織 大

ビジネス

新理事に中村調査統計局長が昇格、政策の企画立案を担
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story