コラム

CIA元諜報員が「生成AIはスパイ組織の夢のツール」と明言する理由

2023年06月01日(木)12時10分

■誤情報 情報機関は誤情報(人をだます意図なく共有される虚偽または誤解を招く情報)を流布することで、社会の不安定化を図ることもある。これまでは信頼できる少数の工作員に頼ってきたが、生成AIなら無数のボット(自動プログラム)を通じて説得力のある噂や誤り、嘘をさまざまな言語で広めることができる。そうなれば真偽の識別が困難になり、専門家や政府、メディアへの警戒心や冷笑的態度が強まり、混乱した国民を操作しやすくなる。

■社会の不和 生成AIは人々の社会に対する不信感を高め、政府やメディアへの信頼を低下させる目的で、社会内部の異なる(あるいは競合する)派閥から発信される作り話や対立をあおる言説を広め、社会に不和の種をばらまくことができる。言うまでもなく、情報機関は常にこの種の工作を実行してきた。

「自由の息子たち」という秘密組織は1770年代、アメリカ独立革命を扇動することに成功している。彼らは植民地の人々にイギリスへの反乱を起こさせるため、ボストンでのイギリスの「残虐行為」に関する歪曲した話を広める秘密工作を行った。

「規制なし」は危険すぎる

チャットGPTのような生成AIは言葉によるサービスだ。これにAIが生成した「ディープフェイク」動画や画像、音声を組み合わせれば、コンテンツの説得力、誤解や幻滅を抱かせる力は格段に強化され、人々の現実認識や嘘と真実を見分ける能力の脅威となる。そうなれば個人、政府、政策、社会の全てが操作され、活力を奪われ、最後はバラバラに分解されかねない。

私たちは既に未来に生きている。ソーシャルメディアと初期タイプの生成AI、メディアコントロールを組み合わせた2つの秘密工作(1つはロシア、1つは中国によるもの)は、生成AIが全体主義体制下で情報機関の道具と化す悪夢の到来を想起させる。

■2016年アメリカ 私はその前年、ロシア情報機関が共和党の大統領予備選に立候補したドナルド・トランプを工作の標的に選び、選挙運動に協力している可能性をいち早く公表した。だが、ロシアが民主党の最有力候補ヒラリー・クリントンの足を引っ張り、トランプ当選を支援するために、史上最大規模の偽情報作戦をまんまと成功させたことを知ったのは、後になってからだった。

彼らはトランプへの投票を増やす目的で、BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動や米退役軍人への不当な扱い、銃所持の権利に対する脅威などに関する偽情報を流した。そしてアメリカはトランプを大統領に選んだ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story