コラム

トランプが去っても「トランプ政治」はアメリカを破壊し続ける

2020年11月17日(火)19時15分

こうした現象はどの国にもある。だが、アメリカの個人主義は米社会の決定的な特徴であり、アメリカに特有の課題を生み出す。受け入れられた「真実」や部族主義、テクノロジーの変化、社会的「調整役」の消滅と相まって、社会のゆがみを悪化させている。

選挙権の拡大を通じて民主主義と個人の権利を広め、全ての社会階層を平等に近づけ、指導者を選ぶプロセスを民主化する──アメリカはこの建国の理念を誇りにしてきた。

だがリーダーシップの民主化は、リーダーの仕事を飛躍的に難しくする。かつて政党指導者は同僚政治家の選挙区向けに予算を振り向けることで(あるいは逆に予算の割り当てを拒否することで)、党内をコントロールできたが、もはやそれは不可能だ。政党は数十年前よりはるかに弱く、選挙で選ばれた議員は今ではほぼ独立したプレーヤーとなっている。

同様に意見や行動の形成を助ける社会的「調整役」が誰なのかについて、アメリカ人の意見はもはや一致しない。この変化がアメリカの「共通の物語」を摩耗させ、民主主義の機能を弱体化させている。

この歴史的なエリートの凋落と、倫理観と事実に関する相対主義の蔓延は、ある意味で「全ての人間は平等に造られた」と1776年の独立宣言でうたわれたアメリカの理想の究極の姿でもある。だが、合衆国憲法に大きな影響を与えたフランスの思想家モンテスキューはこう警告していた。

「民主主義の原理は、平等の精神を失ったときだけでなく、極端な平等に走り、一人一人が指導者として選んだ人間と平等な存在になりたいと願ったときにも堕落する」

トランプ時代はこの予言どおりの麻痺と混沌をもたらした。現代アメリカでは、政治における専門知とヒエラルキーが破壊され、意見の多様性と客観的事実を確認するための社会的「調整役」が機能していない。

この傾向はトランプ個人に限った話ではない。「バイデン大統領」と全てのアメリカ人は、建国の理念の行き過ぎと、テクノロジーと現代の社会規範が生み出した社会と政治の断片化によって麻痺した社会に対処しなければならない。

アメリカは今も活気にあふれ、ダイナミックで、常に変化し続けている。しかし、建国の理念の行き過ぎによって麻痺あるいは衰退していく社会は、少なくとも1つの重要な意味で退廃的と呼ぶしかない。

<2020年11月17日号「米大統領選2020 アメリカの一番長い日」特集より>

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story