コラム

新型コロナウイルスの「不都合な真実」を隠す中国政府の病弊

2020年02月06日(木)17時00分

中国の情報統制は毛沢東のつくり上げた社会主義の産物 Chine Stringer Network-REUTERS

<一国の情報機関には、それが仕える国や社会の基本原理や価値観が色濃く投影される――CIAとの比較から見えたウイルス蔓延を助長した根本的な欠陥とは>

およそ情報機関なるものは道徳心のかけらもないニヒルな連中(つまりスパイ)の集まりだと、たいていの人は思っている。どこの国でもそうだろう。しかし一国の情報機関には、それが仕える国や社会の基本原理や価値観が投影されている。だから中国の国家安全省(MSS)とアメリカのCIAは似て非なるもの。その違いを理解すれば、中国政府が2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)危機に続いて、またしても新型コロナウイルスの蔓延を防げなかった根本的な欠陥が見えてくる。

中国政府は今回も、その体制に深く根付いた悪しき体質ゆえに、都合の悪い事実や真実を自らへの脅威と見なして隠蔽し、ほぼ1カ月、国民には何も知らせなかった。武漢(人口約1100万)の市長はつい最近まで、このウイルスについて話すことも対策を講じることも許されていなかった。公の場でこのウイルスに言及した医師たちは「誤りを含む」見解を撤回させられ、警察から「流言飛語」を慎めと「教育」された。おかげで、その間も多くの人々が感染地域に出入りすることになった。

米バージニア州にあるCIA本部の入り口の壁には、「あなた方は真理を知る、真理はあなた方を自由にする」という聖書の言葉が刻まれている。そしてCIAの使命は「脅威を未然に防ぎ、米国の安全保障に関わる目的を達成するために必要な情報を収集し、客観的な分析を提供」することだとされている。

地球温暖化の警鐘を口止めされたCIA

むろん、これは理想にすぎない。現実には時の政権に都合のいい真実を提供するよう、政治家に強いられることもある。地球温暖化について、CIAはずいぶん前から警鐘を鳴らそうとしていたが、武漢の医師たちと同様、私たちも共和党の政治家から無責任な「流言飛語」は慎めと「批判」されてきたのだった。

結果はどうだ。今やカリフォルニアは気候変動に由来する大規模な山火事に見舞われている。フロリダでは海面上昇のせいで水につかる地域が増えている。CIAがこだわるのは情報の客観性であり、特定の真実ではない。真実は不確かで、刻々と変わるものだからだ。そしてCIAの使命は時の政府を守ることではなく、この国の社会を強くすることにある。

一方、中国のMSSが掲げる使命は「わが国の社会主義体制の妨害・不安定化・転覆をはかる敵の要員・スパイ・反革命活動に対する効果的な措置を通じて国家の安全を確保する」こととされる。つまり「社会主義」(実態としては全体主義)のシステムを支えることが使命なのであり、「真実」はあらかじめ提示されている。真実、つまり「客観的な分析」はどうでもいい。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

米国務長官、カタールに支援継続呼びかけ イスラエル

ビジネス

NY州製造業業況指数、9月は-8.7に悪化 6月以

ビジネス

米国株式市場・午前=S&P・ナスダックが日中最高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story