コラム

イスタンブールではなく東京五輪になった訳

2014年05月13日(火)10時36分

今週のコラムニスト:李小牧

〔5月13日号掲載〕

 トルコと言えば、世界でも有数の親日国家──今では中国人も知っている国際情勢の常識だ。明治時代に、和歌山県沖で台風に遭ったトルコ軍艦の乗員を地元住民が救ったことや、日露戦争が結果的にロシアの圧力からトルコを助けたことが感謝されている。

 2020年夏季五輪の開催地を激しく争ったものの、日本は友好関係を保つ努力を続けている。昨年10月には安倍首相が訪問し、トルコで日本製原発を建設することが決まった。わが中国も手をこまねいているわけではない。中国企業が建設する首都アンカラ~イスタンブール間の高速鉄道がまもなく開通する見込みだ。

 客を奪い合う歌舞伎町のホストのように日中がトルコの腕を引っ張り合うのは、この国が今後間違いなく発展する新興国だから。それに中東とヨーロッパをつなぐ場所に位置するトルコと仲良くしておけば、将来必ず役に立つ。

 そのトルコはイスタンブールの空港に先日、歌舞伎町案内人が降り立った。「政治家見習い」として独自外交をするためでも、「イスタンブール案内人」を始めるためでもない。私の出演作『人間(ningen)』がイスタンブール国際映画祭に招待されたのだ。

 トルコとはどれほど素晴らしい国なのか。そう期待した私を、トルコは驚かせてくれた──残念ながら悪い意味で。

 まず、空港が至る所ゴミだらけなのだ。どうやらゴミ拾いを仕事にしている人がいて、ゴミは床に捨てるものと決まっているらしい。この感覚はさすがの中国人にも理解できない。

■彼らに必要なのはカネより経験

 空気もホコリだらけ。まるでPM2・5が飛び交う北京のようで、日本から持っていったマスクを外せなかった。でこぼこの道路には、たばこの吸い殻がポイ捨て。室内は法律で禁煙のはずなのに、五つ星ホテルでもみんな平気でたばこをプカプカ......。東京に26年も住んだことで、時に神経質なほどきれい好きな人間に変わったことは認める。ただこの非衛生ぶりは、はっきり言って中国以下だ。

 歴史的建造物が並ぶイスタンブールの旧市街地は世界遺産なのに、世界から観光客を迎える準備ができているとも言い難い。有名なブルーモスクに公式パンフレットは一切なし。仕方なくモスクの外で海賊版のガイドブックを買った。

 トルコでは昨年以来、各地で反政府デモが続いている。私が滞在したときもちょうどイスタンブールでデモが再発し、政府がツイッターやYouTubeを禁止する騒ぎが起きていた。警察の弾圧はあるにせよ、広場でのデモが認められているのは中国より素晴らしい。民主主義国家でなければこうはいかない。

 若者が政治活動に熱心なのは、引きこもり気味で投票にすら行かない日本人が見習うべき点かもしれない。ただ警察が市民を棍棒と催涙弾で弾圧する状況は、やはり褒められたものではない。

 ずいぶん辛口な評価をしてしまったが、これが日本と中国が熱い視線を送るトルコという国の現実だ。今となっては、IOC(国際オリンピック委員会)がイスタンブールでなく東京を選んだ理由がよく分かる。都市や国家としての成熟度が日本、そして中国にすら及ばないのだ。

 日本の政治家も中国の政治家も、トルコに金銭的な支援さえすればうまくいくと思っているかもしれないが、それは違う。カネよりもむしろ彼らに必要なのは、日本や中国の経験だ。

 トルコが今も親日国家であることは間違いない。日本語をしゃべれる人も多いし、日本から来た一行だと分かると、誰もが笑顔で応じてくれた。一方で、同じトルコ系民族のウイグル問題があるため、中国に対する感情は複雑らしい。なるほど私が「日本語をしゃべるヘンな中国人」だと分かると、彼らは何とも言えない複雑な顔をしていた(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story