コラム

都会に残るプチ神社に息づく伝統の美学

2014年04月21日(月)10時11分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔4月15日号掲載〕

 私は東京で暮らすうちに、街を全速力で移動する方法を身に付けた。ここではやることがいろいろあって、ゆっくり周囲を見回す時間などない。それでも時折、個性的な建築物に出くわすと、思わず立ち止まることがある。

 私が完全に足を止めるのは、歩道の脇にある小さな神社に出会ったときだ。あまりにも小さくて、ほとんどの通行人は気に留めないが、私はいつも立ち止まる。周囲のすべてに逆らい、聖域の空間を主張しているようなたたずまいに心を引かれるからだ。

 もちろん、広大な敷地を持つ神社仏閣もたくさんある。でも私の琴線に触れるのは、本当にちっぽけな神社だ。繁華街の新築ビルのはざまに鎮座する小さなは、周囲の環境とにらみ合いを続けているように見える。銀座にある小部屋サイズの神社の石の鳥居は、まるで6階建ての2棟のビルの間で必死に踏ん張っているようだ。

 もっと広い境内を持つ神社も、膨張する都市・東京との戦いに負け続け、長年の間に敷地を削られている。神田のある神社は、不動産会社の店舗の壁に裏側の屋根を切り取られていた。神保町や五反田で見た神社は、コンクリートの土台の上に立っていた。聖域は残ったが、大地とのつながりは断ち切られている。

 職人の手で建てられた木造の神社建築は、周囲の人工的な商業ビルとはまったく異なる。のぼりや絹の幕、しめ縄で飾られた社は、常に祭りが始まるのを待っているかのようだ。急勾配の曲線を描く伝統的な屋根は、周囲のありふれた白っぽい壁に比べると、そこだけが「生きている」ように見える。

 神社の前で立ち止まり、由来を記した説明書きを読むと、祭神は徳川幕府の重臣の屋敷神だったとか、江戸に集団移住したある宗派の信徒が暮らしていた場所だったと書いてある。隣のパチンコ店や牛丼店は、不当にも江戸時代の寺や身分の高い侍の屋敷の一部を占拠しているのだ。東京では歴史が完全に消え去ることはない。そして残された歴史を最も色濃く感じられる場所が、街角の神社だ。

■年中無休で魂を感じる場所

 こうした神社は、都市空間の価値と目的に疑問を投げ掛ける。東京の大半は金儲けと人間の移動、現世的な目的の実現に特化している。だが小さな神社は、精神的な目的のための空間を維持することの価値を訴える。社が取り壊されずに残っているのは、東京には精神的空間を守る暗黙のルールがあるからだろう。

 欧米の都市と違い、東京には有名な彫像や巨大な公共芸術作品が少ない。だから、神社は都市空間に美をもらたす役目も果たしている。通り過ぎるほんの一瞬でも、無機質な東京の建物群から解放され、「わび・さび」という日本特有の美意識を感じることができる。

 東京の人々はほとんど足を止めないし、さい銭をあげたり鈴を鳴らしたり、かしわ手を打って参拝することもない。それでも神社は、わずかな時間に目と心の両方を休める機会を提供してくれる。

 東京で驚きをもたらすのは、奇妙な形のポストモダン建築やけばけばしい色彩、最新の広告のキャッチコピーなど、ほとんどが新しいものだ。だが小さな神社は伝統的な美と、まったく異質な空間利用の概念をのぞかせてくれる。

 私が神社を見るのが好きなのは、忙しく走り回る東京のライフスタイルをちゃかし、競争やいわゆる「進歩」を重視し過ぎない生き方を思い出させてくれる気がするからだ。神社にはエネルギーと永続性があり、コンビニよりも完全な年中無休体制でオープンしている。
 
 小さな神社の前で足を止め、眺めるたび、私は隠された東京の魂を見たような気分になる。それはほんの一瞬の出来事で、すぐに消えてしまうが、その先には次の神社との出会いが待っている。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダと北欧5カ国、防衛装備品の共同調達などでの協

ビジネス

中東紛争で貿易ルート遮断、空輸運賃が急騰

ワールド

ドバイ空港付近の無人機攻撃の火災鎮火、発着停止

ワールド

ドバイ空港付近の無人機攻撃の火災鎮火、発着停止
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目のやり場に困る」衣装...「これはオシャレなの?」
  • 3
    「筋肉はモッツァレラと同じ」...なぜウォーミングアップは「2セット」でいいのか?
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 6
    幼い子供たちの「おぞましい変化」を克明に記録...「…
  • 7
    ぜんぜん身体を隠せてない! 米セレブ、「細いロープ…
  • 8
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 9
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 10
    50代から急増!? 「老け込む人」に共通する体の異変【…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 9
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story