コラム

駅の「南北理論」が通用しなくなった東京

2014年02月24日(月)10時42分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔2月18日号掲載〕

 初めて東京にやって来たとき、新しくて複雑な環境を理解するために自分なりの理論をいくつか編み出した。その中の1つが、どの駅も南口には個性的で気取りがなくて、少しごちゃごちゃした古い日本が息づいているというもの。一方の北口にはデパートやバスロータリーがあり、モダンで小ぎれいな日本が広がっている──。

 この理論は大抵当てはまったが、完璧ではなかった。何年もの間、私は持論にしがみついて、歌舞伎町は新宿駅の南側だと言い張った(本当は北東なのに)。東京駅の場合は、南のほうへずっと歩いて行ってスナックや焼き鳥の屋台、雀荘が現れるまで高層ビル群は見えないことにした。この理論が気に入った私は、どの駅でも北側と南側に行けば、東京のまったく違う2つの顔に出合えると信じていた。

 しかしやがて、私が以前利用していた戸塚と品川の駅の雑然とした南側にまで、しゃれたショッピングモールや整然とした歩道橋が出現。渋々ながら「駅の南北理論」を諦める時が来た。

 最後のとりでは中央線沿線にある自宅の最寄り駅だった。電車を降りると私はいつも、こぢんまりしたバーや家庭的な喫茶店、野菜をあふれんばかりに並べた青果店がある南側に向かった。小道が交錯し、お香や灯油のにおいが漂う南口。広い道路が大学のキャンパスや高層マンションに続く北側には、めったに行ったことがなかった。

 ところが最近、他の多くの駅と同じように周囲の環境が「アップグレード」されてしまった。50年代から変わらずそこにあったような雑草やさび、薄暗い雰囲気は消えた。代わりに姿を現したのはこうこうとした照明や真新しい店舗、広い歩道だ。高架下のモールとくだらない噴水を造るのに数年が費やされた。オープニングの日には店舗案内図が配られ、人々が列を成して開店を待っていた。

 とても自分の駅に降り立った気分になれない私は足早に通り過ぎた。駅から自宅への道のりは、素朴だった昔の東京にタイムスリップするような感覚だったのに......。今では駅を降りるとすぐに、企業のマーケティング担当がプレゼンする会議室に入り込むような感じだ。

 古い東京を過度に美化したいわけではない。年月を経たビルは危険だし空調も悪いし、見た目もそんなに良くない。東京の狭い空間を効率よく使うことも重要だ。私だって疲れているときは駅の新しいエスカレーターをありがたいと思う。

■どの店も壁紙にしか見えない

 それでも、機能的なだけの空港ラウンジみたいな街に変えたりせずに再開発する方法はあるはずだ。どの駅のどの店も似たり寄ったりのデザインだから、自分がどこにいるか分からなくなる。私が気に入らないのは、こうした店には「味」がないこと。大企業がつくるショップはなぜこうも個性がないのか。私には、どれもただの壁紙にしか見えない。

 そこで新しい理論を思い付いた。東京の地上1階はそのうちすべてチェーン店やパチンコ店、ショッピングモールに乗っ取られる。そして地元に根付いた小さな商店は狭い場所に追いやられ、いずれ新しいビルの片隅に移されるか、完全に消されてしまう──。

 もちろんこの理論にも限界があるから、やっぱり捨てるしかない。小売り大手が触手を伸ばしているのは駅の周辺に限られている。彼らの手が届かない場所には、まだ素朴で温かみのある古い東京が残っているからだ。

 自宅の最寄り駅近くにある入り組んだ小道、床がぎとぎとしたラーメン屋、ジャズを流すワインバーはやがてもっと遠くに引っ越してしまうかもしれない。でも今はまだそこに存在しているし、これからも永遠に存在する。これだけは私が絶対に捨てたくない理論だ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story