コラム

「雨ニモマケズ」な交流が日中関係を改善する

2013年12月10日(火)10時35分

今週のコラムニスト:李小牧

〔12月3日号掲載〕

 日中の若者の交流促進に取り組む「日中の未来を考える会」をご存じだろうか。中国人留学生と日本人学生に東北の被災地の現状を知ってもらうバスツアーを企画している団体で、私も11月初めに岩手県への旅に同行した。被災自治体のトップとも会える有益な視察だが、実は訪問先の釜石市で「空飛ぶ中国人」を見て涙を流すという思いがけない体験をした。

 アルコール度数50%の白酒の飲み過ぎで、歌舞伎町案内人の頭がついにおかしくなった......と思わないでほしい。空を飛んでいたのは「奥特曼(ウルトラマン)」などではなく銅像だ。約5㍍の支柱の上に、横たわって何かを求めるように手を伸ばす中国人の像が据え付けられている。見ようによっては、その様子が空を飛んでいるように見える。

 実際、彼は空を飛びたかったのかもしれない。この像は、日中戦争末期に釜石市の鉱山へ強制連行され、厳しい労働環境で酷使され亡くなった124人の中国人労働者の霊を慰めるために73年に造られた。銅像の中国人が手を伸ばした方向はほかでもない、帰りたかった祖国・中国だ。

 尖閣をめぐって関係が悪化してから、日本にやって来る中国人観光客の数は大きく減った。ようやく9月に持ち直したが、まだまだこれまでの減少分を取り返せていない。その最大の原因が、中国人の日本人に対する誤解だ。大半の日本人は、強制連行されて亡くなった中国人の慰霊碑を建てたときの気持ちを忘れていない。なのに、日本人のそんなまじめな態度は中国で十分知られていない。

■「コワモテ路線」は正しいのか

 釜石の中国人像の存在も当然、中国では知られていない。日本人もほとんどが知らないから、中国に向かって情報発信することもない。やむなくその溝を埋めているのが多くの在日中国人たちだ。

 先日、日本に住むある女性の微博(ウェイボー)ユーザーが、日本の小学生向け歴史書が侵略の歴史についてきちんと触れていることを紹介。この書き込みは9400回も「転発(リツイート)」された。「歌舞伎町駐在中国大使」を自称する私も、日本の首相11人が70年以来、計23回もアジアの国々に対して謝罪してきたことを微博で伝えた。反響にはもちろん否定的なものも多い。「日本の政治家が『妄言』を繰り返すなら、いくら国民が反省したところで無意味」という感情ゆえだ。

 残念ながら、最近は多くの日本の政治家が「日本がきちんと謝罪してきた」という事実を、「こんなに謝ってきたのに、まだ謝り足りないのか」という文脈で発信している。これでは溝は埋まらず、むしろ深くなるばかりだ。

 先週、日本の経済団体トップと中国の汪洋(ワン・ヤン)副首相が面談した。両国関係はいい方向に流れが変わりつつある。好転の理由は中国の歩み寄りだ。中国が歩み寄るのは、日本企業が万一撤退すると、1000万人の中国人の仕事がなくなってしまうから。ただこのまま日中首脳会談が実現すれば、日本の政治家たちはコワモテ路線が成功したと誤解しかねない。

 今回の岩手ツアーで花巻市の宮沢賢治記念館を訪れたとき、宮沢賢治と中国の意外なつながりを聞いた。彼は著作が生前ほとんど出版されず、死後に認められた作家として知られているが、日中戦争さなかの1941年、日本文学の研究者でもあった当時の北京大学総長が、有名な「雨ニモマケズ」を中国語に翻訳して出版したという。彼は中国で「漢奸(売国奴)」呼ばわりされることもある人物だ。ただこの詩を訳したのは、日本人の素朴さや我慢強さを伝えるまじめな気持ちからだったと思う。

 歌舞伎町案内人も宮沢賢治に倣って詩を書いてみたい。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、トキニ売国奴ト罵シラレヨウトモ、タダシイコトヲ伝エル、ソウイウ人間ニワタシモナリタイ」──。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story