コラム

「足るを知る」を忘れた東京人に捧ぐ江戸の知恵

2011年04月04日(月)10時28分

今週のコラムニスト:アズビー・ブラウン

「風変わりで面白そうだけど......」

 私の学生時代もその後もずっと、日本の神社仏閣の建築技法や日本庭園に興味があると話すたび、特にアメリカ人からはそんなつれない返事が返ってきた。それほど遠くない昔のことだ。

 当時のアメリカの流儀は「より速く、大きく、新しく」。日本ならではの美的感覚や考え方にピンとくる人は少なかった。今では想像もつかない話だ。

 私は25年以上前から日本で暮らしている。工芸や文化に引かれて来日し、この国の人々や可能性に魅せられるまま住み続けてきた。私の日本生活は「過去」と「未来」という二足のわらじを履いているようなもの。宮大工や江戸時代の生活を研究する一方で、金沢工業大学未来デザイン研究所の所長を務めている。

 もともと日本の都市の成り立ちを研究したかったわけではないが、頭に浮かぶ「いつ」「なぜ」という疑問を無視できなかった。有楽町のガード下に焼き鳥屋が現れたのはいつ頃か、日本橋川の水運を利用しなくなったのはなぜか──。

 好奇心に導かれ、いつの間にか東京の都市史にのめり込んだ。おかげで今では神田を歩けば、土蔵造りの商店が連なる過去の街並みがたちまち目に浮かぶ。日比谷に行けば、「大名小路」と呼ばれた頃の姿が鮮やかによみがえる。長屋や植木鉢がひしめく下町の路地裏では、ここは江戸時代と地続きだと強く実感する。過去と現在がリアルに重なって映るのだ。

 とはいえ劇的な進化を遂げた東京の生活は、当時とはまったく変わってしまった。江戸という都市が高い質を備えていたことを知れば知るほど、現代の東京の暮らしのほうがいいとは思えなくなる。

■環境問題を解決するヒント

 江戸にあった「足るを知る」の精神を東京は失っている。生活の質の面でも、環境の面でも江戸を第一級の都市にした思考法、それこそが現代に必要なものだ。

 私が日本の建築や意匠の研究を始めた70年代、同じ分野を専門とする欧米の研究者は多くなかった。文献も少なく、世間での関心も薄かった。それが今では、足ることを知って生きる江戸の知恵を、彼らは猛烈に学びたがっている。

 先日、米オレゴン州のポートランドへ行ったとき、それを痛感した。旅の目的は、私の新著『江戸に学ぶエコ生活術』(邦訳・阪急コミュニケーションズ)について話をすること。講演会を主催したのはポートランド日本庭園だった。

 67年に開園したこの庭園は日本国外で最も質が高く、最も本格的な日本庭園と言われる。ポートランド市民の文化・社交生活に重要な役割を果たす場であり、環境意識といった日本古来の知恵を伝承することを使命としている。おまけに(言うまでもなく)とても美しい場所だ。

 江戸時代の日本人がリサイクルや資源保護に熱心だったと話すと、アメリカの聴衆は大抵驚く。彼らの多くにとって、数百年前の日本人が賢い手法で森林再生に成功したことなどは初耳だろう。それでも環境問題を解決するヒントはほかの文化や時代にあるという考え方を、今のアメリカ人はすんなり受け入れる。

 とはいえポートランドの聴衆の反応は予想を超えるものだった。環境に対する江戸時代の考え方がどれほど健全だったか多くの人が既に知っていたし、リサイクルやエネルギー利用について高い意識を持っていた。彼らは具体的なやり方に興味を持ち、現地の事情と時代に合わせて応用する意欲に満ちていた。ポートランドはアメリカでも有数の持続可能な環境に配慮した都市という評判だから、それも当然だったのかもしれない。

 他国の人々が日本の伝統的な知恵を熱心に学びたがっている今、当の日本人がそうした知恵をないがしろにしているのは皮肉な話だ。でも、楽観主義者である私はこう言おう。昔ながらのやり方を見直し、現代の問題の解決に役立てるすべを学ぶのに遅過ぎることはない、と。

プロフィール

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・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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