コラム

日本の良さが若者をダメにする

2010年04月05日(月)12時25分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 想像してみてほしい----あなたは、日本で生まれ育った18歳のフランス人。東京・飯田橋にあるフランス人高校を卒業したばかりで、将来のことを真剣に考えている(フリをしている)。自分の生きる道は、どちらの国にあるのか。フランスに渡る? それとも日本に残る? あなたが新聞を毎日読んでいるなら、答えは自明だろう。もちろんフランスだ。

 フランスは「joie de vivre(人生を楽しむ)」国だ。国際的で、若々しくて、開放的。世界1の美女に世界1のファッションブランド、世界1の景色とワインがそろっている。

 一方で、日本は「未来が約束された国」の座から転げ落ちてしまった。高齢化と景気低迷がものすごいスピードで進み、世界での存在感はすっかり失われている。

 日本にとって、世界はどうでもいいらしい。政治もメディアも自己中心的で、NHKの7時のニュースは国内ニュースばかり。「グローバル企業」にしても、組織の体質は正反対だ。英語を積極的に活用するような機運もほとんどない(TOEFLのスコアでみると、日本人のスピーキング力は鎖国同然の北朝鮮にも及ばない)。

 だが、こうしたマイナス面があるにも関わらず、18歳になるまで日本で暮らしたフランス人の多く(いや、ほとんどかもしれない)が選ぶのは、フランスよりも日本だ。なぜか。彼らは日本社会の柔和さや格差の小ささ、日常生活の質の高さを知っているからだ。

 日本とフランスの両方で税務署や郵便局を利用したり、郊外の電車に乗ってみれば、よく分かる。日本は清潔で効率が良く、マナーもいい。フランスのこうした場所は、不潔で効率が悪くて、係員は攻撃的だ。2つの国で同じ体験をした人なら、100%私の意見に賛成するだろう。

 将来を考えても、多くの点で日本のほうが明るく見える。日本人は、今や長年務めた会社にさえ首を切られかねないと嘆くかもしれない。だがフランスでは、中学や高校、大学を卒業しても仕事がない。この年齢層の失業率は15〜20%に上る。30代になるまで働かないという学生が大勢いる。

 それにフランスの給料は安いし(企業が儲けているのは確かだが、給料は安い)、同じカネを出して買えるものは一般的に日本よりも少ない。

 日本では、例えば川崎の安アパートでさえ、少なくとも清潔で安全だ。パリ郊外のアルジャントゥイユは違う。日本では700円で満足な食事ができる。フランスは違う。日本では6歳の子供が1人で通学できる。フランスは違う。違うのだ。

■外国はバラ色ではなく「ジャングル」だ

 それでも人々は外国に対し、現実とは異なるイメージを抱いているもの。日本人はフランスについて、見当違いな憧れを抱いている。

 先日、パリ出身のかわいい女友達シルビーとコーヒーを飲んでいた時のこと。シルビーが、「パリジェンヌ気分を味わおう」というファッションビルの巨大広告を見て笑い始めた。

「パリ気分を味わいたいって? そんなの簡単よ。教えてあげる。身ぎれいにするのをやめればいい。ホントのこと言うと、日本人の女の子の隣にいると自分が汚く思えてくる。彼女たちって何度も何度も化粧を直すし、髪型だって最高。どんなパリジェンヌよりも女らしい。私のフランス人の彼氏は、日本人の女の子たちに追い掛け回されてる。私はパリ気分よりも、ジャポネーゼの気分を味わいたいわ!」

 日本の若者は自分の国の良さをちゃんと理解していない。日本の本当の素晴らしさとは、自動車やロボットではなく日常生活にひそむ英知だ。

 だが日本と外国の両方で暮らしたことがなければ、このことに気付かない。ある意味で日本の生活は、素晴らし過ぎるのかもしれない。日本の若者も、日本で暮らすフランス人の若者も、どこかの国の王様のような快適な生活に慣れ切っている。

 外国に出れば、「ジャングル」が待ち受けているのだ。だからあえて言うが、若者はどうか世界に飛び出してほしい。ジャングルでのサバイバル法を学ばなければ、日本はますます世界から浮いて孤立することになる。「素晴らしくて孤独な国」という道を選ぶというのであれば別だが。


プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国務長官、週内にもイスラエル訪問=報道

ワールド

ウクライナ和平へ12項目提案、欧州 現戦線維持で=

ワールド

トランプ氏、中国主席との会談実現しない可能性に言及

ワールド

ロの外交への意欲後退、トマホーク供与巡る決定欠如で
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない「パイオニア精神」
  • 4
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    増える熟年離婚、「浮気や金銭トラブルが原因」では…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story