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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
米ハイテク業界「引き抜き阻止」協定の裏にある拝金主義の病根
シリコンバレーの大手テクノロジー企業が、互いに「引き抜き阻止」協定を結んで反トラスト法(独占禁止法)に問われ、和解が成立した訴訟が、今まったく別の観点から蒸し返されようとしている。
「引き抜き阻止」協定は、アップル、ピクサー、グーグル、インテル、アドビなど7企業が、それぞれに協定を結び、互いの社員を引き抜くことをやめようと申し合わせたというもの。2005年から2007年頃までの間、各社のトップ同士がいわば「紳士協定」のようなかたちで約束したとされ、最初はピクサーとルーカス・フィルムが、次にアップルとアドビが、そこからアップルとグーグル、アップルとピクサー、グーグルとインテルおよびインテュイットへと、どんどん拡大していった。
2010年には、司法省が調査に入った。ほぼ同一の協定が業界内に広まっていることで、独禁法違反を疑われたためだ。その時は、今後同様の協定は結ばないことを条件に、ほとんどの企業と同省との間に和解が成立した。
それが今回、新たな証拠と共に蒸し返されたのだ。今回は、こうした引き抜きが葬られたことによって、各社の社員が「給料が不当に抑圧された」ことを訴える集団訴訟に発展しそうだ。
このできごとは、幾層にも重なったかたちで、シリコンバレーのゆがんだ現状を表している。
ひとつはもちろん、過剰な引き抜き競争。背景にあるのは、テクノロジー企業の急速な成長だ。たとえば、フェイスブックは2年ほど前に社員数が1000人を超えたが、最近移転したシリコンバレーの新しいキャンパスは、2017年までに9400人を収容できるキャパシティーを備えている。この数は、シリコンバレーの本社だけの数字なので、全世界的にはもっと大きくなるはずだ。
この成長ぶりは、不況に悩む他業種とは顕著な違いだろう。テクノロジー各社は、成長を支えるために常に新しい社員を必要としている。かくして、なりふり構わぬ企業間の引き抜き合戦が激化しているわけだ。
条件次第で企業を渡り歩くエンジニアやプログラマーたちの存在も大きい。ヘッドハンターから転職の誘いがあった際、彼らはそれに乗るか乗らないかを決めるだけではない。たとえば、A社に務めるプログラマーにB社から引き抜きの話があるとしよう。この場合、もちろんB社はA社よりも高い給料や好条件でのストック・オプション(自社株購入権)付与をちらつかせているはずだ。A社での仕事にホトホト飽きているのならば、すぐに誘いに乗るだろうが、たいていはその前にもう一段階ある。つまり、このプログラマーは上司や人事部に対して、「こういう誘いがあるが、もし給料をB社の言い分よりも上げてくれるのならば、ここに残ってもいい」とネゴするのだ。
したがって、A社にとっては、社員に引き抜きの打診があっただけで昇給させなければならなくなるわけで、こんなことを何としてでも食い止めたいと考えた企業トップらが、苦肉の策で上記のような協定に及んだのも想像がつく。とは言え、有能なエンジニアらの機会を意図的に奪い、報酬を人為的に抑制したことはまぎれもない事実だ。この動きの中心にいたのは、スティーブ・ジョブズらしいが、グーグル現会長のエリック・シュミットやアドビのトップらがやりとりしたメールも証拠として出されている。
ところが、こんな引き抜き競争の裏で、別の現実も進行している。それは、年を取ったエンジニアやプログラマーはシリコンバレーでも就職難に遭っていることだ。この業界でのテクノロジーは年々加速度的に陳腐化し、知っていたプログラム言語が数年後には使えなくなることもままある。それだけではない。若者が慣れ親しむソーシャル・ネットワークが主流を占めるようになるにつれ、シリコンバレーの就職環境では年齢差別がまかり通っているのではないかと言われている。エンジニアたちのフォーラムを覗くと、「歳をとりすぎているっていうのは、いったい何歳くらいのこと?」といったような会話がよく見られる。引く手あまたは20代、40代も半ばを過ぎると「年寄り」の部類だ。こうした偏りは、広告も投資も消費も含めた社会全体が、若者のテクノロジー文化を過剰にもてはやしていることの反映でもあるだろう。
一面から見れば、実力主義、自由競争、進取の精神。だが別の面から捉えれば、カネ優先、忠誠心ゼロ、流行第一。シリコンバレーも見方によるが、近年の引き抜き競争の激化で後者の性質がいやおうなく強まっているのは確かなようだ。
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