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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
ジョブズが去っても変わらないアップルのコアコンピタンスとは
スティーブ・ジョブズが、とうとうアップルのCEOを退任する。
これについては、世界中でさまざまな報道が行われているが、「アップルは今後、これまでの力をどれだけ保ち続けられるのか」という質問を投げかけるものが多い。まるでアップルが変わってはならないようなニュアンスをそこに感じてしまうのだが、それも人々が同社のあり方を好ましく受け入れてきた証拠だろう。アップルに現状維持してもらって、これまでのような驚きや興奮を味わい続けたいという要望の現れだ。
だが、冷静に考えればそんなことはとうてい無理である。ジョブズ級のカリスマが起こしてきた破壊的なイノベーションは、他の人間にはとても再現できるものではない。それに、ジョブズが好んで使う「ポストPC時代」の機器は、ジョブズ自身が起こした製品革命によって、今やひとつの踊り場のようなところに達している。つまり、これからの歩みがちょっと見えにくいところにあるのだ。
反論を受けるのを承知で言えば、これからのアップルは変わらざるを得ないと、私は思うのだ。ただし、核心の部分を残して、だ。
その意味では、新しいCEOに就任したティム・クックという人選は的を射たものだと思う。クックはロジスティクスが専門で、アップルのハードウェア製品の部品調達や納品などに関して、詳細にわたる管理をしてきた人間だ。そんなディテール志向の人材がビジョナリー的なジョブズの軌跡をどう継げるのかという声が当然のように出ている。だが、アップルが変わるという視点で見ると、クックのように、高い能力を持ちながらパーソナリティーとしてはニュートラル(中立的)、つまりクサイ個性のない人物は、これからのアップルをいかようにも色付けていくことができる。その意味で最適なのだ。
ジョブズの辞任が明らかにされる以前にも、アップルの役員会は外部人材会社を雇って次期CEOを探し始めているといううわさが立っていた。それを制して自らクックを強く推したジョブズの感覚は、ここでもかなり適確だったと言うしかない。
さて、それでは「アップル・マイナス・ジョブズ」とはどんな会社であり続けられるのか。ショーマンでありドラマティックな演出ができるジョブズのパーソナル・タッチがなくなったとしても、彼が打ち立て、これからも受け継がれるアップルの伝統、「The Apple Way(アップル・ウェイ)」とは何か。私なりにその核心を、リスクも含めて考えてみた。
これらは、アップルがたとえ変化を遂げても、われわれがアップルらしさを感じ続けるポイントになるものだ。
(1) 良質のハードウェア製品を開発する会社であること
テクノロジー企業は今、ハードウェアの重荷を肩から降ろすことにかかっている。競争が激しく移り変わりも速い業界で、中国や台湾勢に対抗して製造のコストを賄っていくことができないからだ。その中でアップルは、ただ機能を果たすだけのハードウェアではない製品を出してきた。強力な処理能力と美しいデザインの施された製品は、付加価値のために人々が高い値段を払うことを証明している。
ただ、ポストPC時代のその次に来るのは、ハードウェア自体が不要になる、あるいは急速にコモディティー化する時代だ。センサーで機器が相互にコミュニケートし合ったり、インターネット家電と接続したりする。そこでの「良質な」ハードウェア製品の存在価値とは何であるかは、これからの検討課題だろう。
(2) 限られた製品群に集中すること
1997年に、かつて追放されたアップルに舞い戻ったジョブズがやったのは、何10とある製品のほとんどを切り捨て、4分野(プロ用、一般ユーザー用それぞれのデスクトップ、ラップトップ製品)に集中させたことだった。その後、iPod、iPhone、iPadなどが加わったが、それでもアップルが開発する製品は少ない。これは、アップルという企業を消費者にわかりやすく伝えることに貢献しているし、アップルがていねいに製品を作っていることをアピールするのにも役立っている。何よりも、そうした製品は、われわれのデジタル生活の中心になるべく考え抜かれている。
(3) ユーザーを独自のエクスペリエンスに囲い込むこと
スムーズな使い心地やわかりやすいインターフェイスが、アップル製品やサービスの特徴だ。そのためには、ある程度複雑な機能を排除したり、あるいはiPhoneなどでハードウェア上にキーボードを付けないなど、デザイン上の多少の無理もある。だがそうすることで、アップル的に統一した世界を作り、ユーザーがその中だけで過ごせるようにしている。
これらは、幅広い大衆にデジタル・エクスペリエンスを理解してもらうのに大いに役立ったが、今後人々のデジタル能力が向上していくにつれて、アップル世界に対する共感が変わっていく可能性もある。他社技術やコンテンツとの相互乗り入れができないことについては、今でも批判が大きい。
(4) 産業を破壊的に統合していくこと
音楽、映画、書籍、ニュースなど、これまでは閉じられていた業界のさまざまなコンテンツをアップルが統合し、ユーザーが好みでバラバラに入手できるようにした。これは、ジョブズのビジョンとネゴシエーション・パワーのたまものでもあるが、アップルのサービスのアップルらしさの核心だ。App Storeでデベロッパーたちが店を開き、ユーザーに直接売ることができるようにしたのも、産業破壊のひとつだ。
ただ、アップルが書籍コンテンツやゲームなどで徴収する仲介費の30%は、果たして持続可能か。これは、今後の競争によって試されていくはずだ。
(5) 慣例をはずれて思考し、しかしまともな最終形に仕上げること
上記の4点を包括すると、アップル・ウェイとはこれに尽きる。ハッカーが違法でやっていたことや、かつてテクノロジー界のビジョナリーが描いた未来図を、今日の市場に合わせて、法的にも問題のないかたちで、わかりやすい製品やサービスに落とし込む。どんな奇抜なアイデアも、まともな形に仕上げられていることによって、市場に対する説得力を持てたのだ。そしてそこにいつも、「エモーション(情緒的)」要素が盛り込まれていたのが、最大の特徴だ。
ここ数年、ジョブズは彼自身の開発の方法論をアップルの中に根付かせることに腐心していたとも言われる。ジョブズ後、これまでのような強力なトップダウン組織は再考を迫られるが、この思考と製品作りのプロセスが保持できるかどうかは大きな課題だ。
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