コラム

アラブ・サミットで見られた湾岸諸国の亀裂

2014年04月03日(木)11時11分

 国家のトップが結集する首脳会議を開催するということは、国威発揚、外交面での手腕発揮の場と考えて、どの国も晴れがましく思うものだ。ましてや、初めての主催国となれば、さぞかし誇らしいに違いない。だが、3月25-26日に開催された第25回アラブ連盟サミットを、はじめて引き受けたクウェートにとっては、実に頭の痛いことだったろう。

 シリア内戦やエジプトの内政不安など、難問山積なのに、開催一ヶ月前になって、お膝元のペルシア湾岸諸国で深刻な対立が発生した。サウディアラビアとカタールが、ムスリム同胞団への対応を巡って、真っ向から衝突したのである。サウディアラビアにはUAEやバハレーンが同調し、3月5日にはこれら三国が、カタールから大使を引き上げる措置を取るに至った。

 サウディを中心としたアラビア半島の王制・首長制の小国は、イラン革命でイスラーム政権を樹立したイランを仮想敵国として、1981年以来GCCという集団安全保障機構のもとに結束してきた。それが今、大きく揺らいでいる。

 もともと、カタールはサウディの湾岸地域でのリーダーシップを面白く思ってこなかった。1996年に衛星放送「アルジャジーラ」を開設し、当時のアラブ諸国のどこもが避けてきた、生々しい報道番組や自由闊達な政治討論を放映して、アラブ社会を驚愕させた。オスロ合意後にイスラエル通商代表部を開設したのも(ただし2009年に閉鎖)、アラブ諸国で最も保守的なサウディアラビアに対する不敵な挑戦だった。

 サウディにとって、不愉快な隣の小国がどうにも我慢ならなくなった最大の原因は、「アラブの春」を巡る対応である。特にカタールがムスリム同胞団を積極的に支援していることが、サウディとしては看過できない。2013年7月、エジプトで同胞団主導のムルスィー政権が、軍のクーデタによって倒されたとき、サウディは軍主導の新政権を全面的に支援したが、カタールは同胞団を弾圧するエジプト軍を、手厳しく批判した。

 業を煮やしたサウディは、昨年11月、GCCの会合で「GCC諸国の治安と安定を脅かす者や、悪意のあるメディアを支援しない」との合意を加盟国内で取り付けた。しかし、カタールが一向にこの合意に従わない、というので、上に述べた「大使召還」に至ったのである。2月はじめにはサウディは、ムスリム同胞団対策を想定して「テロに反対する王国令」を発出し、さまざまなイスラーム主義集団との対決姿勢を強めている。

 サミットでは、「カタールを巡る問題はGCCの問題であってアラブ諸国全体のことではない」と、クウェート外務省が火種を回避しようとする一方で、当のカタールのタミーム首長は自らサミットに乗り込み、エジプトの新政府に対してはむろんのこと、イラクに対しても「スンナ派住民が疎外されていてけしからん」と気炎を吐いた。それを見越してか、サウディ、モロッコ、アルジェリア、イラクなど、そうそうたる主要国は元首級を派遣せず、皇太子か外相級の参加にとどまった。

 しかしながら、GCCのほつれは、必ずしもカタールとサウディの分裂にみられるだけではない。カタールの問題が深刻化する前は、サウディにとっての喉元の魚の小骨はバハレーンだった。以前このコラムでも紹介したが(2012年4月、バハレーン紀行(1〜3))、バハレーンの住民の多数を占めるシーア派の動向、特にその民主化要求運動は、サウディが最も危惧することである。そのバハレーンで「アラブの春」が起き、バハレーン王制の安定性に黄色信号が灯ったことで、サウディはこれを機会にバハレーンを統合してしまえ、と考えた。そしてその後は、いっそのことGCC全体を統合してはどうか、という議論が交わされるようになった。ペルシア湾岸ではないが、ヨルダン、モロッコなど他の王国も加えて、「アラブの春」に象徴される民主化やイランを中心とするシーア派の台頭に対抗するための、保守派大同盟を作ろうとの案も、しばしば浮上する。

 だが、GCC統合案には真っ先にオマーンが反対した。オマーンもまた、サウディと微妙なライバル関係にある。ホルムズ海峡を挟んでイランと対峙するオマーンは、80年代以来、イランと決定的に角突き合わせることを避けてきた。そのため、昨年11月に米政権がイランとの関係改善に動いたときにも、オマーンがその仲介役を果たしたのだ。これは、サウディの神経を逆撫でしたに違いない。

 その他のGCC加盟国も、サウディと一心同体というわけにはいかない。アラブ・サミット開催国として心を砕いたクウェートも、GCCがヨルダンを加盟させるならそれはイヤだ、と考えている。

 サウディアラビアにとってアラビア半島の国々は、ある意味でサウディ建国期に「征服」し損ねた国々だった。だが、アラビア半島で政治的、経済的に圧倒的に優位にあったサウディアラビアが親分風を吹かせることができる時代は、すでに過去のものとなっている。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 7
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story