コラム
酒井啓子中東徒然日記
アラブ世界のメロドラマ事情
今月初めにロンドンでアラブ人一家とテレビを見ていたとき(エジプトでクーデターが起きていたので)、その家のご夫人が言った。「最近は、アラブ世界向けの衛星放送でもトルコのテレビドラマが大人気なのよねえ。面白いんだけど、恋愛ありお酒ありで、いいのかしら」。
一家は英国在住歴の長い、自他ともに認める徹底した世俗主義者。その一家が「大丈夫なのかしら」というぐらいだから、よっぽど「反イスラーム的」なんだろうか――、などと思っていたら、案の定、最近宗教界からクレームが出た。イスラーム世界が断食月に入って一週間ほどした今月半ば、サウディアラビアのイスラーム宗教界の中核をなす高位ウラマー評議会の一員が、次のように述べたのだ。「ラマダーン(断食月)期間中にソープオペラ(いわゆる「昼メロ」)を見るのは、イスラーム法に反する!」
断食という宗教的慣行の目的は、一か月間、日中の飲食を断つことで、貧富の差なく衣食足りないことの苦しさを共感するため、と言われる。贅を追い欲にまみれた生活を見直し、清らかな気持ちを取り戻す機会なのだ。そんな「聖なる月間」に色恋沙汰や飲酒シーンがふんだんに登場するようなメロドラマばかり見ているとは、なにごとか!というわけである。
とはいえ、実生活での断食は、日中の断食が明けた後の「打ち上げ」的娯楽を楽しむのが常。特に、シリアやエジプトなど、日常の政治的混乱が続く国では、庶民はドラマの世界に逃げ出し、気晴らしをしたくなるのも道理だろう。エジプトではラマダーン期間中の特別連続ドラマ50本のうち、30本がメロドラマだという。
そこでは冒頭のご夫人の言の通り、トルコドラマが流行りなのだが、その原因もまた、エジプト、シリアの混乱にある。アラブ世界でメディア産業といえばこの二国が最先端を行くが、その両国が「アラブの春」以来、テレビ番組制作どころではない。供給元がなくなった結果、アラブの映像メディア界は、トルコドラマを輸入しアラビア語に吹き替える、という方法に頼ることになったのだ。
現在のトルコは、イスラーム政党が政権を担っているが、世俗主義を国是とする。なのでドラマ作りに宗教的制約はさほどなく、欧米のヒット番組をコピー、リメイクしたものも多い。日本でもお馴染みの「クイズ・ミリオネア」は、その典型だ。これらのトルコ・リメイク番組の多くが、アラビア語の吹き替えがついて、アラブ諸国に輸出されている。
そのようななかに、欧米版をリメイクしたソープオペラも含まれる。なかでもアラブ世界で放映されて大ヒットしたのが、日本でも有名な「デスペラードな妻たち」だ(http://www.kanald.com.tr/content/img/poster/full_UEK.jpg。トルコ語の番組タイトルが書かれている)。
また、アラブ世界で大ヒットしたトルコのオリジナルドラマには、「禁断の恋(Aşk-ı Memnu)」http://www.askimemnu.tv/ とか、「銀(Gümüş; アラビア語に吹き替えられたときには「光nour」との題が付けられた)」がある。前述のご夫人が指摘した「色恋沙汰に飲酒シーン」というのは「銀」のことだ。 中東・北アフリカ地域で8500万人(同地域の全人口のうち2割以上だ)がこの番組を見ていたが、うち5000万人が女性だという。
問題は、こうしたトルコドラマを買って放映している中心的なテレビ局が、サウディ資本の汎アラブ衛星放送局、MBCだということだ。そこで前述の、サウディ宗教界のクレームにつながる。イスラームの盟主と自認するサウディが金を出している番組で、こんな非イスラーム的なドラマが横行しているとは!
一方で気になるのが、MBCのCEO、ワリード・ビン・タラール王子だ。サウディ王族の一員であるばかりでなく、父方の祖父がサウディ初代国王のアブドゥルアジーズ、母方の祖父は初代レバノン大統領という、超エリート。今年の米「フォーブス」誌が世界の長者番付26位に挙げた大富豪である。
メディアを牛耳る財閥という顔と、イスラームの盟主という顔――。こうした多面性は、サウディアラビアのなかでどのように収拾がつけられているのだろうか。あるいは、収拾がつかないことが、今の中東の複雑さを反映しているのだろうか。
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