コラム

エジプト 反革命か革命の継続か

2013年07月11日(木)20時50分

 軍と大衆デモによってムルスィー政権が引き摺り下ろされた7月3日以降、エジプトで起きていることをどう見るか、国内外の議論は二分されている。それは「反革命」か、「革命の継続」か、という議論だ。

 二年半前、「1月25日革命」で当時の長期独裁政権たるムバーラク大統領を辞任に追い込んだのは、雑多な勢力からなる大衆デモだった。無党派の若者層を中心に、旧左翼、リベラル、イスラーム主義勢力と、さまざまな人々が結集した。その圧力を背景に、政権内エリートだった軍がムバーラクを見限る形で「革命」は成功したわけだが、その後の選挙、憲法制定といった民主化過程で、ムスリム同胞団が権力を獲得した。異論反論はあれど、一応議会選挙と大統領選挙を経て成立したのが、ムスリム同胞団のムルスィー政権だったのである。

 反ムバーラクの一連の運動を「民主化」への試みだったと考えれば、不完全ながらも選挙に基づく議会制民主主義を確立して、ムルスィー政権が成立したことは、「革命」の成果である。一方、「革命」がタハリール広場に集った大衆の自己実現のためのものだったとすれば、「革命」はまだ未完である。なぜなら、そこに集った多くの若者たちにとって、ムスリム同胞団は「1月25日革命」に後から参加したに過ぎず、選挙に大衆動員が上手な宗教政党としての立場を利用して、革命の成果を「横取り」した勢力だからである。彼らにとっては、今回のムルスィー転覆は、「革命の継続」である。

 事件が起きたとき、筆者はたまたま別件の会議でイギリスにいた。この事件を報じるBBCのキャスターは、ムルスィー大統領に必ずこういう形容詞を付けた。「エジプトで初めての自由な選挙で選ばれた大統領」と。そして、「クーデタだ」と報じた。それに対して、コメンテーターで呼ばれた在英エジプト人や活動家は、口々に反論する。「これは大衆の圧力に軍が対応したもので、民主主義に反するわけではない」。

 会議で一緒になった、イラク人の旧左派知識人にも聞いてみると、政権転覆大絶賛である。「でも民主的に選ばれた政権なのに」と指摘すると、「ムルスィーが担った政権は暫定的なものだ。ムバーラク後の混乱を収拾し、社会経済を安定させたうえで、本格的に民主主義の制度化を進めていくことになっていたのに、選挙に強いという強みを利用して同胞団は制度固めだけさっさと進めた。きちんと民主化されて、大統領罷免などの権利が確保されたシステムが確立されていたのであれば制度に則って行動できたが、不十分な制度化では『造反有理』しかないんだ」。

 「でも、多くの支持者を抱え、広い支持基盤を持つ同胞団にこんな措置をすれば、同胞団が過激化するばかりじゃないですか」、と尋ねると、「だって彼らはすでに過激だよ!」という反論が返ってきた。筆者も知り合いのエジプト人研究者からこういうメールを受け取っている。「やった! 極右テロリストの宗教的仮面が剥げ落ちた!」

 欧米のネオコンやオリエンタリストも真っ青の、全否定である。そういえば、筆者が昨年カイロを訪ねたときにも、同様の「同胞団嫌悪」が見られた。行きつけのリベラルな本屋でのことである。顔なじみの店員が、倉庫で回りに人がいないのを見計らって、ムルスィー政権の悪口とエジプトの急速なイスラームの政治化への危惧を、滔々と語った。彼はムバーラク政権にも反対だったが、それまでそんなことをしたことはなかったのだ。

 これまで、欧米の偏見、支配、圧力を第一の敵としてきた中東では、人々はそれへの反駁としてイスラームをアイデンティティの核におき、欧米による政策の押し付けに反対してきた。イスラエルに対して善戦したとなれば、欧米から「テロリスト」扱いされる異宗派のヒズブッラーですら、アラブ、イスラーム諸国で広く人気を博した。70年代まで主流だった西欧型の近代化モデルが、経済的には格差を、政治的には世俗政治家の独裁化と腐敗を生んできたことを反省して、それに代わる健全な社会経済発展の道をイスラームに求めた。それがイスラーム主義の台頭である。

 欧米型世俗化路線は失敗した。なら、イスラーム主義政党に任せてみてもいいじゃないか。それを単純に「非民主的だ」といって拒む欧米は、ケシカラン――。それが、ごく数年前までの流れだったはずだ。それが今、逆の図柄が描き出されている。民主的に選ばれたのだからイスラーム政党でもムルスィー政権に正統性がある、と感じる欧米諸国。選挙で選ばれても自分たちの代表ではない政権を倒していいんだ、と主張するエジプトの世俗知識人たち。驚くのはエジプト軍の行動を、イスラームの盟主たるサウディアラビアが諸手で支持していることだ。

 反ムルスィー派の主張は、「任せてみたけどイスラーム政党は失敗した」である。この「クーデタ/革命」が、70年代からオルタナティブとして期待されてきたイスラーム主義が、実際の政権運営能力がない――かつて某野党が選挙で大勝しながら政権運営ができず次に大敗したように――ことを決定づけた出来事なのか、それとも、今後も続くイスラーム主義時代の幕開けに起きた「反動」に過ぎないのか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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