コラム

アラブ版「ええじゃないか」踊り

2013年03月11日(月)14時26分
 先月頃から、世界中で「ハーレム・シェイク」という曲が、爆発的に流行っている。音楽としてというより、わずか30秒の曲に合わせて好き勝手に踊る姿を録画した動画が、You Tube上で流行っているというべきか。最初は一人が、ゆる〜く体を動かしているのだが、後半15秒は大勢が意味なく激しく踊る。動き方、踊り方は、全く自由。

 世界中で、というだけあって、中東でも大ヒットしている。欧米発信の動画の多くではかなりセクシーな映像が溢れているが、イスラーム圏ではさすがに露出の多いものはあまりない。だが、男女ともに奇抜な恰好をし、時にはいやらしく腰をフリフリする姿もあって、一般的なイスラームのイメージを持ってみると、結構ドキっとさせられる。

 そのハーレム・シェイクに宗教保守派が眉を顰めているのが、エジプトやチュニジアだ。チュニジアでは、二月末、外国語学校を舞台に学生たちがハーレム・シェイクのビデオクリップを録画しようとして、厳格なイスラームを主張するサラフィー主義の集団と衝突した。チュニジア教育省も、ハーレム・シェイクを不適切なものとし、関わった職員はクビ、と述べている。官憲と衝突して催涙弾の発砲まで至った地方もある。

 そんなに目くじら立てるほどのものだろうか、などと、動画を見る限りでは、思う。ただのバカ騒ぎで、ええじゃないか祭りみたいなものじゃないか、と。

 しかしその「ええじゃないか」的要素が、政府官憲にとっては問題なのだ。エジプトやチュニジアでのそれは、立派な反政府抵抗運動の意味を付与されている。同じ時期、エジプトでは若者集団がムスリム同胞団本部の目の前で、ハーレム・シェイクを企画した。主催者は「風刺革命闘争」と名乗り、現政権を支えるムスリム同胞団を批判するために行った、と述べている。路上で半裸で踊っていた若者が官憲に逮捕されるなど、風紀の面でも政治的な意味でも、政府はピリピリだ。

 これが「アラブの春」のひとつの発展形態なのだろう。大人数が路上に集まって自由を叫び、その力で政権を倒したという、若者の政治性の高まりは、政権転覆後一種のサブカルチャーとして定着した。以前にここで紹介した、壁に描き続けられる落書きも、その一つだ。

 エジプトでもチュニジアでも、「春」後はイスラーム政党が政権を主導している。エジプトではムルスィー大統領が徐々に権力を強めているし、チュニジアでは二月初め、左派世俗系の大物政治家が暗殺された。こうした風潮に反発する若者の批判手段が、デモから路上ダンスへと、まさに「ええじゃないか」的に変化しているのだ。

 批判精神としてのハーレム・シェイクは、中東全体が抱える政治問題に対しても発揮される。パレスチナ問題については、パレスチナ支援を掲げる在米アーティスト集団「存在は抵抗だ」が作ったこれが、秀逸。 

 
 
シリア内戦をパロディ化したものもある。 

 
 
 とはいえ、中東でのハーレム・シェイクがすべて政治化し、政治的だからウケているわけではない。そもそもリズムに合わせてすぐ踊りだすのは、中東の伝統文化だ。結婚式など宴会となれば必ず、老若男女に限らず、踊る。部族の集まりには勇壮な男踊りが必須だし、トルコなどの神秘主義教団、メフレヴィー教団は「踊る教団」で有名だ。ちなみに、シェイク(Shake)は英語の「フリフリ」の意味だが、発音的にはアラビア語で「長老」とか「部族長」を意味するSheikhにも近い。なので、伝統的な部族ダンスにこの曲を被せた動画もあるし、普通に田舎のおばさんが踊っているだけ、というのもある。

 ハーレム・シェイクが流行る前から、エジプトの有名なベリー・ダンサーが、ムルスィー政権を揶揄する歌のビデオクリップを配信して話題になっていた。伝統だろうが欧米式だろうが、踊ることのもつ批判性は、今も変わらない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story