コラム

薄れるアラブ諸国の対日関心?

2012年12月26日(水)18時58分

 民主党が大敗した選挙から10日が過ぎ、自民党政権が返り咲いた。内憂外患だった近年の日本政治の重大な節目として、この政変は中東諸国でも大きく報じられている違いないと、あれこれアラブ系メディアの報道ぶりを気にしている。だが、意外なことに、あまり報道がない。

 あるとすれば、せいぜい湾岸産油国の報道で、経済に力点を置いた内容。安倍政権の成立で日本経済が再生するか、に注目が集まっている。

 三年前、民主党政権が成立したときには、中東諸メディアはむしろ政治に注目していた。特に、鳩山内閣が米政権との距離を取るのでは、という点に関心が集中した。日本の動向への興味は主として、その対米関係のありように向けられていたのである。

 2004年に日本がイラクに自衛隊を派遣した際にも、中東各メディアでは対米追随批判の論調が展開された。「第二次大戦で米軍によって広島・長崎に原爆を落とされたというのに、なぜ対米追随を続けるのか」、という伝統的な論調はむろんのこと、「原爆という米国のテロを最初に受けた国、日本(だから、イスラエルの攻撃に曝されるパレスチナや米軍の占領に苦しむイラクの気持ちがよくわかるはずだ)」といった意見は、中東メディアのオピニオン欄にしょっちゅう登場した。さらに、「(本当は地域覇権を誇っていてもいいはずの)日本を、米国が阻んでいる」という見方が、イランなどのメディアで登場するのは、自らが米国との関係で強いられてきた環境を日本に投影してのことだろう。つまり中東のメディアは、対米批判の裏返し的に日本政治を報じてきたのだ。

 それが今回関心を低下させているのは、なぜか。原因のひとつに、「アラブの春」以降のアラブ諸国の「内向き」化と、対米関係の変化があるのではないか。日本が解散総選挙で盛り上がっていたときに、エジプトでは新憲法の国民投票を巡って国論を二分する対立と論争が巻き起こっていた。トルコやレバノンなど、内戦の激化するシリアと密接なかかわりをもつ国々は、その対応に追われ続けている。遠い日本の政治情勢にかまっている暇はない、というところだろう。

 だが、それだけではない。これまで中東の日本への関心の多くは、本音ベースで対米関係を構築できないアラブ諸国のジレンマを反映したものだった。米国の政策に承服できない、だが欧米からの支援は欠かせない――そう悩む中東諸国にとって、米国の逆鱗に触れずに堂々と付き合えるのが日本だった。そして、米国に対して直接「米国からの自立」を主張できないので、代わりに日本に米国と距離を置けと求めてきた。

 ところが、「アラブの春」で米国の中東におけるプレゼンス自体が低下した。日本をダシにしなくても、米国にモノ申すことができる環境が生まれた。日米関係がどうなるか、アラブ諸国にとってたいした問題ではなくなりつつあるのではないか。

 むしろ彼らが「反米」にシフトしたいときに、今最も利用価値のあるのが中国である。シリア、イランが米国の国際社会主導に反旗を翻したいとき、専らロシアと中国に依存するのは周知の事実だ。その視点から、アラブのメディアで「尖閣」問題がどう報じられているかを見ると、少々困ったものである。事実関係には極力中立的な報道が心がけられているのだが、政府要人の発言の引用などは、圧倒的に中国のほうが多いのだ。

 アラブ・メディアが、意図的に中国高官の発言を偏って引用しているのだろうか。そうだとすればそれはそれで問題だが、中国政府の対外広報に比べて日本政府のそれが全然目立っていないのだとすると、そちらのほうが問題は深刻だ。日本外交は、「アラブ=親日」という過去40年間の歴史に、あぐらをかいている場合ではないのではないだろうか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story