コラム

イラン、UAE、バハレーン: もうひとつの島を巡る争い

2012年10月18日(木)10時49分

 9月末、野田首相が国連総会の場で、もやもやとながら領土問題に触れた演説を行ったあと、より激烈な言葉で領土への主張を繰り返した国があった。

 中国や韓国ではない。アラブ首長国連邦(UAE)である。ペルシア湾の三つの島、アブー・ムーサ島、大トンブ島、小トンブ島(うち後者二島はほとんど無人)は、本来UAEのものなのに、イランが1971年以来「実効支配」している、だからぜひ国際司法裁判所で裁いてほしい、と主張した。

 ペルシア湾岸地域は、領土紛争の地雷原である。そもそもイラン・イラク戦争が1980年に発生したのも、両国間国境のシャットル・アラブ川のどこを境界とするか、歴史的に繰り返しもめ続けてきた結果、起きたものだ。湾岸戦争も、イラクが「クウェートは歴史的にイラクに相当する行政区域の管轄下だった」と主張して、これを併合したことに始まる。

 ペルシア湾の国々は長らくオスマン帝国とペルシア帝国の境界にあり、両国の覇権抗争に振り回されてきた。しかも、近世から近代までのアラビア半島地域は、砂漠では遊牧部族が、海では海洋交易に携わる人々が、国境などお構いなしに生活していた。諸部族は、自らのテリトリーを守るために、ときにオスマン帝国の、ときにイランの国旗を立てて、対立に巻き込まれないよう、八方美人外交で両者の間を掻い潜ってきたのである。19世紀以降イギリスがこの地域に進出すると、その庇護をうまく利用しつつ、1971年にはすべての湾岸諸国が独立した。

 UAEとイランの間の領土紛争も、歴史的な八方美人政策の結果である。歴史を遡ればどちらかに軍配があがる、というほど、簡単ではない。同様にイランが長年主権を主張してきたバハレーンに対して、とりあえず独立が認められたのには、イギリスがUAEの三島をイランに認めるかわりに、バハレーンを諦めさせた、という顛末がある。今年七月にイラン政府高官が「UAEはイランの許しを得て建国できたようなものだ」と鼻息荒い発言をしたのは(「日本語で読む中東メディア」)、そんな背景からくるものだろう。なので、歴史を紐解いても解決にはならない。

 だが、なぜUAEは突然、イランによる三島支配を糾弾し始めたのか。その原因には、今年四月にアフマディネジャード大統領がアブー・ムーサ島を訪問したことがある。その2週間後には、イラン海軍が同島に配備されていることが明らかになった。こうした動きは、今年初めに導入された米国の対イラン制裁が大きく関係するものだ。対岸のアラブ諸国は、駐留米軍の存在もバックに、ここはイランを追い詰めたいところだし、一方のイランは、制裁の手が強まればホルムズ海峡封鎖も辞さずと、強硬な姿勢を見せている。

 さらにさかのぼれば、2011年三月のバハレーンでの「アラブの春」がイランと湾岸アラブ諸国との間の緊張を高めた。これまでも書いてきたが、バハレーンで起きた反王政デモは、サウディアラビアなどGCC諸国による軍事介入で鎮圧された。一方、バハレーンの国民の大半を占めるシーア派住民に対して、せっせとエールを送ったのが、イランである。すわ、イランがペルシア湾の他の島にも実効支配を広げようとしているのでは、と疑心暗鬼になったGCC諸国では、この5月、バハレーンをサウディアラビアに合併させようとの話が浮上した。こうして、イランとサウディアラビアの間でペルシア湾内の島取り合戦が再び始まったのだ。

 小さな島を巡る領土争いは、それだけで突然きな臭くなるものではない。米・イラン関係、イラン・サウディアラビア関係(シリアを巡る両国の対立も関係してくるだろう)など、さまざまな政治的思惑が絡んで領土が問題となる。言い換えれば、領土と軍事で解決できるものではなく、その背景にある政治問題に取り組まなければ、根本的な解決にはならない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

コロンビア政府への軍事作戦は良い考え=トランプ氏

ワールド

スターマー英首相、短期政権交代は「国益に反する」と

ワールド

ミャンマー総選挙、第1回は国軍系USDPがリード 

ワールド

ウクライナ、年初から連日モスクワ攻撃とロ国防省 首
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 2
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    2026年の節目に問う 「めぐみの母がうらやましい」── …
  • 5
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 6
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「対テロ」を掲げて「政権転覆」へ?――トランプ介入…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story