コラム

パレスチナUNESCO加盟が持つ意味

2011年11月05日(土)22時24分

 九月、国連加盟申請を行って、国連総会会場のやんやの喝采(イスラエルと米国は除くが)を浴びたパレスチナ自治政府のアッバース議長だが、米国の拒否権など国連正式加盟には障害が大きいことを承知しつつ、着々と周りを固めている。その皮切りが、UNESCOへの正式加盟決定だ。10月始めにUNESCO執行委員会がパレスチナ正式加盟を勧告、10月31日に賛成107、反対14、棄権52で採択された。

 パレスチナ自治政府の狙いは、西岸にあるイエス・キリストの生誕地などをパレスチナの名のもとに世界遺産に登録して、土地と施設への主権を明らかにすることにある。と同時に、国連本体への加盟が難しいとなれば、よりハードルの低い周辺機関への加盟を取り付けて国際社会での承認を既成事実化したいところ。パレスチナがUNESCOへの正式加盟を最初に求めたのは1989年だったが、当時は勧告すらしてもらえなかった。これまで棄権してきたフランスが賛成に回り、反対が確実な米国を脇目に英国が棄権に留まるなど、今やパレスチナ容認派の形勢が従来より強いことは確かだ。

 これに対して、米国はUNESCOへの供出金を停止し、圧力をかけている。資金難に悩む国際機関としては打撃だが、中国やBRICSはパレスチナ支持だ。ただでさえ唯一の超大国としての米国の影響力の低下が指摘されるなかで、米国が支援を引いても新興国が国際機関を支えていける、ということになると、米国にとってはあまりよろしくないのではないか。次に加盟承認するのはWHOあたりかとも囁かれているが、下部機関であっても次々にパレスチナ加盟を認めていけば、少なくとも対国連協調を打ち出してきたオバマ政権は、それらを全て敵にまわすわけにもいかない。また、国際刑事裁判所がパレスチナ加盟を承認すれば、そこでのイスラエル非難の動きは激しくなるだろう。

 パレスチナが国際機関の周辺から堀を埋めようとしているのに対して、イスラエルや米政権は判で押したように「本来の中東和平交渉を損ねる」と批判している。だが、そもそも和平交渉がまともに実行されていればこんなことにはならなかったはずだ。米、ロシア、EU、国連という、和平を主導すべきカルテットが、これまで何か実りあることを実現できただろうか? パレスチナ側にしてみれば、「交渉に戻れ」といわれても交渉に戻れないほどダメにしてきたのは誰だ、といいたいところだろう。

 そんななかで、イスラエルのパレスチナへの「報復」はわかりやすい。世界遺産化で守ろうとしているパレスチナの地に、どんどん入植を進める。ガザを空爆してパレスチナ側の反撃を誘発、パレスチナの「暴力的」イメージを国際社会に呼び覚ます。同時に、アッバース議長率いるファタハと対立するハマースに、囚人の交換釈放を持ちかける。国際社会のパレスチナ支持など意に介さず、まず第一に考えることは、イスラエル国内での人気確保だ。

 イスラエルにせよ米国にせよ、国内の選挙第一、外交は二の次、という国しか主導権を発揮していない和平交渉のありかた自体が、問題なのである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦争を警告 米が緊張激化と非難
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story