コラム

オバマは若者? :米国の新たな中東政策を巡って

2011年05月27日(金)12時04分

 オバマ大統領が新たな中東政策に関する演説を行って、一週間。エジプト、チュニジアの民主化を賞賛し、パレスチナ問題において積極的な姿勢を打ち出したオバマに対して、アラブ諸国のメディアの反応は、概して良好だ。

 アラブ諸国で最も影響力があり、知識人の愛読紙である『ハヤート』紙は、「オバマは歴代の米国大統領のなかで初めて、1967年戦争以前の境界を国境とするべきこと、パレスチナ独立国家を樹立すべきことを踏み込んで明言した」と述べ、「パレスチナ人を含めたアラブ民族の側に立った」と褒めた。同じ『ハヤート』紙の別のコラムでは、「この機を逃したら数世代もの間再び訪れないかもしれない、和平への黄金のチャンス」と、高い期待を示している。

 アラブ側が好感を持って受け止めているのに対して、イスラエル側の反応は、けんもホロロだ。ネタニヤフ首相は、オバマ提案に対して「米国は現実の政治というものをわかってない」と、即刻却下した。

 この三者の構造を単純化して描くと、こうなる。「不正や不平等にNoといって、何が悪い!」と、ストレートに声を出して批判することを覚えた、アラブの民主化推進派の若者たち。「現実の政治は結局のところ、力さ」と、リアリズムに徹する老獪なイスラエルの政治家。そして、自ら「若さ」と「チェンジ」を売りに登場したオバマ大統領が、米国のリアリズム政治を引きずりながら、その間で揺れている。今回の演説は、オバマがイスラエルからアラブに軸足を移したというよりは、「アラブの春」で噴出した若者の自由への希求に、自らの「売り」を再確認したといえるかもしれない。

 「改革も和平も、やってみなきゃわからないじゃないか」と、中東のボス政治の古めかしい構造自体を変えようとする若者に対して、露骨に不快感を示しているのはイスラエルの政治家だけではない。米国の最大の協力者であるサウジアラビアの王政もまた、「若者(と米国)は政治音痴で困る」、と臍を噛んでいる。サウジアラビアが資金源となっているアラビア語紙は多々あるが、そのうちのひとつで前述した『ハヤート』紙と並ぶインテリ紙、『シャルクル・アウサト』紙に、3月始め、こういうコラムが載った。

 「どんな政権も、変化を求める若者のエネルギーには対抗できないだろう。だが、この革命的変動は、限界にぶち当たる。今起きていることは、地域のパワーバランスを崩すことになるからだ。彼らは、政治的現実というものが想像以上に複雑で、単にスローガンを繰り返すだけで乗り切れるものではない、ということを、早晩知ることになるだろう」。

 いかにも、賢しら気な大人が若者の無謀を諭しているようではないか。このコラムが掲載された10日後には、サウジ軍は民主化運動に沸くバハレーンに軍事介入した。オバマ政権は、控えめではあるがこのサウジの行動を批判し、サウジのアブダッラー国王の不快を買ったといわれている。国王は、御年88歳だ。

 今のアラブの動乱を若者対老人の戦い、と考えたとき、オバマはどちらに身をおくのか。若者に共感しつつ、老人にうまく丸め込まれるのだろうか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story