コラム

バハレーンは「宗派」の枷を越えられるか

2011年02月22日(火)12時00分

 チュニジア、エジプトに始まった非暴力の「民衆革命」は、周辺国に広く波及しつつあるが、次のステージでは、激しい流血が避けられない展開になりそうだ。リビアでの反カッダーフィ運動は、すでに21日までに数百人の死者を出し、ペルシア湾の小島バハレーンでも2月14日以降、デモ隊が警官隊と衝突して死傷者が出ている。

 新たに反政府運動に火がついたこれらの国々がエジプトやチュニジアと異なるのは、それがデモ隊を「容赦なく鎮圧しうる」政府だ、ということだ。リビアでカッダーフィが、エジプトとは比較にならないほど軍や治安部隊をしっかりと掌握していることはいうまでもない。だが、それ以上に重要なのは、体制側が国際社会の目に配慮する必要性をさほど感じていない、ということだ。もともと、激しい反米・反イスラエルで鳴らした政権である。エジプトのように、体制側もデモ隊も、国際世論を敵に回しては成功はないと認識して、欧米諸国の印象を悪くしないように慎重に事態を収拾しようという、深謀遠慮がない。

 完全な親米国家であるバハレーンは、別の理由から「容赦ない」鎮圧に傾斜しうる。それは、周辺のアラブの王政、首長政諸国が一丸となって、バハレーン王政維持を支援しているという安心感からくる。独立以来、アラブ民族主義運動の波にもイスラーム革命にも耐えてきたペルシア湾岸産油国の封建体制を、バハレーン王制の危機が崩壊の引き金を引きかねないからだ。

 そもそもバハレーンは湾岸諸国のなかでは珍しく、「民衆運動」が存在する国だ。政治参加要求運動の歴史は独立前の1950年代からと古く、また今回ストを呼びかけて大きな役割を果たしている労働組合は、70年代には労働運動を活発に展開していた。独立二年後の73年には議会が開設されたが、75年に停止されて以来、2002年まで四半世紀以上にわたり、王政に対して議会要求運動が繰り返されてきたのである。

 2002年に導入された新たな二院制議会も、民選の下院に対して国王任命の上院の権力が勝り、恣意的な選挙区設定など、問題は山積していた。2006年以降最大野党の「ウィファーク」が議席の四割を確保し、その伸張を危惧した政府は2010年10月の選挙では反政府活動家を大量に逮捕、露骨な選挙妨害を繰り返した。今回のバハレーンの反政府デモは、そうした流れのなかで発生したものだ。単に「貧しい多数派、シーア派の反乱」ではない。

 バハレーンの「民衆運動」が直面する壁に、「宗派対立」への問題のすり替えがある。野党伸張の背景に人口の七割以上を占めるシーア派住民の存在があることは確かだが、スンナ派王政はこれを陰に陽に「湾岸の安定を脅かすシーア派の脅威」、果ては「イランの脅威」と結びつけて、体制護持の必要性を国際社会に訴える。エジプトやチュニジアでは素直に「民衆パワー」と賞賛された民主化要求が、バハレーンで「シーア派の脅威」に塗り替えられていくのは、不幸だ。

 バハレーンの運動が、「宗派対立」に矮小化されずに展開できるかどうか。「中東革命」がグローバルに拡大できるかどうかの、重要な試金石である。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン

ビジネス

マネタリーベース3月は前年比3.1%減、緩やかな減

ワールド

メキシコ政府、今年の成長率見通しを1.5-2.3%
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story