コラム
酒井啓子中東徒然日記
クルド地区でのイラク・日本会議
9月半ば、イラク北部のクルド地区で、日本とイラクの近現代史に関する国際ワークショップが開催された。バグダード大学歴史学部が主催、日本の国際交流基金が支援して実施された学術会議で、バグダード大学の諸先生方はもちろん、日本からもイスラーム史研究の重鎮や若手イラク研究者、日本史研究者が参加した。イラク戦争後、日本人の学者がイラクの地での国際会議に参加したのは、おそらく始めてのことだろう。残念ながら、私自身は参加できなかったのだが、主催者のバグダード大学の先生方はいずれも古い友人たち。会議後には次々に、会議が成功してよかった~、という、安堵と感動のメールが届いた。
ご存知の通り、イラクはいまだ、民間の外国人が自由に出入りするには治安に不安を抱えている。近年、石油関係のビジネスやさまざまな復興事業の商談が外国企業との間でなされるようになっているが、それはたいてい、インターナショナルゾーンと呼ばれるバグダード国際空港とその周辺の、隔離された地区で行われる。かつて米軍がイラク占領の拠点とした「グリーンゾーン」で、塀に囲まれ徹底した安全が確保されている(はず)の一種の外国人特区だが、普通のイラク人にとっては敷居の高い、別世界だ。そこにはよほどの仕事がなければ行きたくないし、グリーンゾーンに赴くことこそが、狙われる対象になる──。
そう考えるイラク人にとって、北部のクルド地区は外国人と交流を図るには都合のよい場所だ。少数民族クルド人の自治地域は、バグダードをはじめイラクの他地域が治安問題に足を取られている間に、クルド地方政府の主導でさっさと復興、経済開発を進めている。外国企業の進出も盛んで、首都アルビルにはヨーロッパとの直行便も飛んでいる。
クルド地方政府は、現在イラク中央政府と、連邦制のあり方を巡って微妙な関係にある。外国企業との抜け駆け的交渉やクルド地区の拡大構想など、中央政府の合意を待たずに突き進むクルド民族に対して、モースルなど隣接地域のアラブ人の間で反感が高まっているのも確かだ。
それでも、「内なる異国」のようなインターナショナルゾーンで外国人と会うよりは、同じイラクの地で外国人を招いたほうがよい、と考えるイラクのアラブ人は少なくない。いまや民族自立、独立の道を謳歌するクルド地区だが、逆にイラクの他地域から非クルド人たちが集まる場にもなっている。民族対立、分離が懸念されるクルド地域で、それは将来の和解と共存のためにも重要なことだろう。
それはきっと、クルドの菓子業界にも朗報だろう。会議報告のメールとともに、私の手元には、大量のクルド地区原産の自然のヌガーが届けられた。旧約聖書にも出てくるこのお菓子「マナ」は、イラク人なら誰でも知っている名産品。クルドの自治は進んでも、「マナ」の「イラク国民的お菓子」としての地位は、いまだに健在である。
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