コラム

ベイルート訪問記その2

2010年02月18日(木)10時47分

 同じ外国の街を訪ねるのも、日本人だけで訪れるのと土地の人たちに案内してもらうのとでは、全く印象が違う。今回ベイルートを訪ねて面白かったのは、地元のレバノン人ではない、他のアラブ諸国から来た人々と一緒に、いろいろと見て回ったことだ。

 前回紹介したように、わあっ、ゴージャス!と興奮する者もいれば、こんなスノッブな街では庶民の暮しが見えない、と不服顔な者もいる。なかでもイラク人と一緒にシーア派の貧困地域を訪れたときは、なかなか面白かった。先が2つに割れたイマーム・アリーの剣の飾り物とか、イマーム・フサインの勇姿を描いた肖像画など、「シーア派グッズ」を売る店に、ついつい足が向く。パン屋の兄ちゃんが焼くパンを見て、イラク人たちが「あんた、イラクから来たんでしょ?」と話かけることも。どうやらイラク南部独特のパンだったらしい。

 シーア派のイラク人客を、同じシーア派のレバノン人の運転手が乗せて、街を案内してくれる。少し郊外に出た幹線道路脇に、泥や崩れたレンガ、材木の屑が高く積み上げられていた。あれは何?と私が聞くと、運転手曰く、「3年半前、イスラエルがこの地域を空爆したとき、多くの家や建物が壊された。そのときの瓦礫だよ。住宅地域にあった瓦礫を、ヒズブッラーの人たちが取り除いて掃除して、ここに積み上げてるんだ」。

 ここでシーア派のイラク人たちが、大きくうなずいた。「そうなんだ、レバノンのヒズブッラーとか、イラクのマフディー軍(反米サドル派の民兵組織)とか、欧米からは「テロリスト」扱いされるけど、こうやって戦争の被害にあった人たちの復興作業をしたり、遺族の面倒を見たり、政府がやらないことをちゃんとやってくれるんだよ!」

 そう、私もそういう光景を戦後のイラクで見た。信号も壊れた交差点、大渋滞で車がにっちもさっちも動かないところに、突然若者が現れて交通整理をし始める。それが、サドル派の民兵だった。ベイルートのシーア派地域でも、ヒズブッラーの若者があちこち警備に立っている。

 これを「シーア派民兵の治外法権」と見るか、「地方自治がしっかりしている」と見るか。国際社会がどういおうと、住民にとっては、自分たちの生活を守ってくれるかどうか、が重要なのだ。

 そして、前回のブログでも報告したとおり、ヒズブッラーの黄色い旗や指導者のポスターの隣には、ときどきイランの指導者たちの顔写真が。戦争で壊された跡地には次々に新築ビルが建てられているが、イランなどからの復興資金を調達するのも、ヒズブッラーの役割なのだろう。

 でも、レバノン人のシーア派もイラク人のシーア派も、「うちはイランとは違うからね!」と必ず付け加える。そこが、「シーア派=イラン」で括れない、面白いところだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税

ワールド

ルビオ氏「日米関係は非常に強固」、石破首相発言への

ワールド

エア・インディア墜落、燃料制御スイッチが「オフ」に

ワールド

アングル:シリア医療体制、制裁解除後も荒廃 150
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 6
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story