コラム
酒井啓子中東徒然日記
オンリーワンの研究を目指せ
「事業仕分け」が世の中に吹き荒れている。
「仕分け人」がばっさばっさと「ムダ」を切り捨てていく様子は、見ててなかなか爽快なものがあるが、研究を生業とする者として、強烈な危機感を抱かざるを得ない。科学技術費を含む、教育・研究関連の予算が、バッサリやられているからだ。次世代スパコン事業が「凍結」と判定されて以降、ノーベル賞受賞者たちが大反論を展開したのは、同じ研究者として大いにうなずける。即効で役に立たない「研究」分野は、いつの世の中でも、冷たく扱われてきた。
「日本の科学技術水準を低下させてよいのか」という反論の狼煙は、主に理系の先生方から次々にあげられているが、危機感は文系も同じである。特に筆者が衝撃を受けたのは、日本国際問題研究所の、外務省補助金の「廃止」だ。日本国際問題研究所といえば、日本の国際政治学を引っ張ってきた、老舗の研究所である。
国際政治研究や、海外の諸地域を研究する地域研究は、日本の外交政策を策定する上で、不可欠な学問だ。ブッシュ政権がアフガニスタン攻撃に着手したとき、米国にはアフガニスタンのダーリ語が分かる専門家がいなかった、という事実がある。その「お粗末」が今の戦後のアフガニスタンの混乱の極みを生んだといっても良い。イラク戦争でも、イラクの歴史や国情を全く理解していない米兵がイラクの町々に溢れた。結果、何年もの間反米攻撃に晒されて、これまでに4300人近い米兵がイラクで命を失った。
米国は、海外事情の把握において専らCIAなどの諜報機関に依存してきた。そのCIAが9-11を予測できなかったからといって、政府は有象無象の新設諜報機関を使ったり、米国在住の中東の亡命者の意見に頼ったり、およそいい加減な情報で戦争を始めた。
そんなのでいいのか。イラク戦争で米国に追随した英国は、「米国の知恵袋になる」と豪語したが、英国の研究機関も、80年代のサッチャーの文教予算大幅カットで、かつてのハイレベルを失っていた。
実は日本のように、現地語をきちんと学ぶところから国際政治を研究している国は少ない。確かに、常に「世界で一番」を目指す必要はない。だが、いつも欧米の情報に依存してばかりで、日本独自のオンリーワンの知識と研究がないと、日本独自の外交を立てることはできない。「補助金廃止」どころか、本当ならば、国を挙げての「国立研究所」を作るべき分野だろう。どこの国も、大概「国立戦略研究所」なるものを持っている。
研究機関の「予算削減」というと、「民間資金を導入して、役に立つ学問をせよ」といわれがちだ。しかし、ガリレオに、「いやー、地動説は流行らないから、天動説を研究してよ」と言って「受ける研究」を強要していたとしたら、学問の発展があったと思いますかね。
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