コラム

オンリーワンの研究を目指せ

2009年12月01日(火)15時32分

「事業仕分け」が世の中に吹き荒れている。

「仕分け人」がばっさばっさと「ムダ」を切り捨てていく様子は、見ててなかなか爽快なものがあるが、研究を生業とする者として、強烈な危機感を抱かざるを得ない。科学技術費を含む、教育・研究関連の予算が、バッサリやられているからだ。次世代スパコン事業が「凍結」と判定されて以降、ノーベル賞受賞者たちが大反論を展開したのは、同じ研究者として大いにうなずける。即効で役に立たない「研究」分野は、いつの世の中でも、冷たく扱われてきた。

「日本の科学技術水準を低下させてよいのか」という反論の狼煙は、主に理系の先生方から次々にあげられているが、危機感は文系も同じである。特に筆者が衝撃を受けたのは、日本国際問題研究所の、外務省補助金の「廃止」だ。日本国際問題研究所といえば、日本の国際政治学を引っ張ってきた、老舗の研究所である。

 国際政治研究や、海外の諸地域を研究する地域研究は、日本の外交政策を策定する上で、不可欠な学問だ。ブッシュ政権がアフガニスタン攻撃に着手したとき、米国にはアフガニスタンのダーリ語が分かる専門家がいなかった、という事実がある。その「お粗末」が今の戦後のアフガニスタンの混乱の極みを生んだといっても良い。イラク戦争でも、イラクの歴史や国情を全く理解していない米兵がイラクの町々に溢れた。結果、何年もの間反米攻撃に晒されて、これまでに4300人近い米兵がイラクで命を失った。

 米国は、海外事情の把握において専らCIAなどの諜報機関に依存してきた。そのCIAが9-11を予測できなかったからといって、政府は有象無象の新設諜報機関を使ったり、米国在住の中東の亡命者の意見に頼ったり、およそいい加減な情報で戦争を始めた。

 そんなのでいいのか。イラク戦争で米国に追随した英国は、「米国の知恵袋になる」と豪語したが、英国の研究機関も、80年代のサッチャーの文教予算大幅カットで、かつてのハイレベルを失っていた。

 実は日本のように、現地語をきちんと学ぶところから国際政治を研究している国は少ない。確かに、常に「世界で一番」を目指す必要はない。だが、いつも欧米の情報に依存してばかりで、日本独自のオンリーワンの知識と研究がないと、日本独自の外交を立てることはできない。「補助金廃止」どころか、本当ならば、国を挙げての「国立研究所」を作るべき分野だろう。どこの国も、大概「国立戦略研究所」なるものを持っている。

 研究機関の「予算削減」というと、「民間資金を導入して、役に立つ学問をせよ」といわれがちだ。しかし、ガリレオに、「いやー、地動説は流行らないから、天動説を研究してよ」と言って「受ける研究」を強要していたとしたら、学問の発展があったと思いますかね。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story