コラム

イラクで異常気象? 季節はずれの砂嵐

2009年08月05日(水)15時44分

 毎日、べっとりじっとりの蒸し暑さが続く日本の夏にうんざりすると、中東の夏が懐かしくなる。

 中東、特に砂漠地域の夏となれば、日中60度にもなる猛暑。何が日本の夏よりマシか、と呆れられるかもしれない。確かに、日中屋外に出れば瞬時にして唇が乾き、シャツには塩の白い粉が噴出す。車のハンドルは軍手なしじゃ握れず、ダッシュボードにボールペンを放置してUの字型に曲げてしまったことは数知れずだ。文字通り、暑さは殺人的。
 
 しかし、その湿気のなさは快適そのものだ。洗濯物を干す端から、干した形でからからに乾いていく。ゴキブリホイホイに捕まったヤモリが、気がついたらミイラ化していた。
 
 そんな夏に慣れているので、中東の人にとって夏に雨が降る、というのは奇異な感じである。中東の夏は、ただひたすら真っ青な空が続く。5月ごろから一滴も雨が降らず、10月半ばぐらいにぱらっときて、ああ秋だなあ、と感じる。
 
 ところが、イラクではその「夏中続く真っ青な空」に異変が起こっているらしい。

 イラクを始め、広大な砂漠を国土に持つ国では、夏が来る前に激しい砂嵐が来る。嵐というと、ぱっときてぱっと去る、短時間のものを想像するかもしれないが、むしろ何日も砂でできた霧に包まれたみたいになると思えばよい。軽いときで、空全体が黄土色にどんより霞む。激しくなると、一帯夕焼けのように真っ赤に染まる。ひどいときには、日食なみに空が真っ暗になる。不気味でうっとうしいだけではなく、家の中も外も砂だらけになって、掃除がたいへんなこと、この上ない。

 この砂嵐、本来夏前の1、2カ月間にしか起こらないのだが、近年イラクでは真夏でも起こりはじめた。何でこんな時期に砂嵐が?、とイラク人たちは不審がっている。

 世界的な気候変動のせいで、冬に雨が降らず、砂漠が一層乾燥しているからのようだが、人為的な原因も指摘されている。曰く、戦争とその後の掃討作戦で、戦車があっちこっち動き回って舗装をダメにしたから。曰く、戦後の経済政策の失敗でいまだに給水も十分でなく、農業が停滞しているから。いやいや、治安が悪くて農民が農作業をしなくなったから、云々。

 悪天候は、人々の気持ちを萎えさせるだけではない。細かい砂は精密機械もダメにするから、産業にも悪影響が出るし、交通事故、飛行機事故も増える。そういえば、砂嵐の時期には、政府要人が「事故」で命を落とすこともあった。

 ただでさえどんよりしているイラクの戦後復興、空模様同様に、先行きが見通せない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:米テキサス州はしかで死者、ワクチン懐疑派

ワールド

アングル:中国、消費拡大には構造改革が必須 全人代

ワールド

再送米ウクライナ首脳会談決裂、激しい口論 鉱物協定

ワールド

〔情報BOX〕米ウクライナ首脳衝突、欧州首脳らの反
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    米ロ連携の「ゼレンスキーおろし」をウクライナ議会…
  • 6
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 7
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 8
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    「売れる車がない」日産は鴻海の傘下に? ホンダも今…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 3
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story