コラム
酒井啓子中東徒然日記
夏休みでも師は走る
夏休みが始まった。日々の通勤電車にレジャー姿の子供連れが増えると、ああ世間では夏休みなんだなあ、とわかる。
「学校の先生」という夏休みがある「業界」は、さぞかし長い休みを満喫していると思われるだろう。学生の頃、教授が「平日家でぶらぶらしていると近所に『怪しい仕事をしている人では』と疑われてねえ」とこぼしていたのを覚えている。
しかし、昨今の大学事情は、30年前とは一変している。大学によりけりだが、8月半ばぐらいまで期末試験が続いたり、学生の夏休み中も会議会議で、あれこれ走り回っている。学生を育てたり研究を進めたりするのに、さまざまな資金を獲得しなければならず、そのための申請書書きや事業報告をせっせと書く毎日だ。
申請書書きが終わったら、パワーポイントを駆使してのプレゼン。ううん、入札に臨む営業マンさながらである。研究成果なら1時間も2時間も報告して全然苦にならない象牙の塔の住民が、アニメ、動画を駆使した5分のプレゼンに、四苦八苦しながら何日もかけて準備する。ある教授は、何百枚もある書類を見せてくれて、「これが私の今年の業績です」と、自嘲気味に語った。
学生時代、大学に残って研究するのは社会に適応できないからだと、教授に諭されたことがある。だが社会に適応できないオタクだからこそ、朝も夜もなくこつこつ研究に没頭して、社会人には見えない大発見をするんだ、と。実際、歴史上の偉大な発明家には、変人奇人扱いされている者が多い。奇人変人になってでも研究に没頭できるほどの根性はないなあ、と思った私は、さっさと就職した。なのに大学に残っても毎日書類書きに追われているようでは、とても大学が偉大な研究者を生むとは思えない。
今回、こうした「愚痴」を認めた訳は、ある訃報に接したからである。中東・イスラーム地域を研究する著名な社会人類学者、大塚和夫氏が3ヶ月ほど前、わずか50歳代で亡くなった。過去4年間、書類書きや「営業」に忙殺されて、無理がたたられたのだろう。事務も教育も完璧主義でこなしつつも、生前しばしば、「早く本来の学者生活に戻って研究成果をまとめたい」とこぼしておられたそうだ。
麻生首相は今年初め、「ノーベル賞を受賞できるような人材育成を」と、日本の研究水準の向上を促したが、本1冊買うのに本を読むより長い時間をかけて書類を書かなければならない、という現状を打破するような「大発明」を誰かしてくれれば、ノーベル賞とはいわずとも、イグノーベル賞ぐらいもらえるのではないだろうか。
ノーベル賞学者を輩出する前に、ノーベル賞候補の学者が若くして寿命を縮めている「大学の現状」を、どけんかしてくれ、といいたいところである。
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