コラム

マイケルの死とアメリカのイスラーム

2009年07月08日(水)11時31分

 マイケル・ジャクソンの突然の死は、世界中のファンの衝撃だった。7日に行われた追悼式にも160万人の参加応募が殺到し、その豪華さ、盛大さは空前絶後である。

 さて、そんな話題のなかで、アラブ系メディアで目を引く報道がある。「はて、マイケルがイスラーム式に埋葬されたかどうかは、定かではない。」

 マイケル・ジャクソンがイスラーム教徒だった? 実は昨年11月、マイケルがイスラーム教徒に改宗した、との報道があるのだ。すでに1989年に改宗していた兄のジャーメイン・ジャクソンの薦めで改宗し、名前もイスラーム教徒風に、ミカエルと変えた。2005年にバハレーンに行ったときには、モスクを建てる決意をした、とも報じられている。

 英米で有名人がイスラームに改宗することは、珍しいことではない。特にスポーツ界では、ボクシングのカシアス・クレイ(改宗後モハメド・アリと改名して、日本でアントニオ猪木と異種格闘技を戦ったのは、有名)、マイク・タイソンの他、NBLでは80年代半ばまで花形スターだったルー・アルシンダーなど、枚挙に暇がない。マイケル同様、音楽界でも珍しくなく、ジャズのアート・ブレー
キーやレゲエの"神様"ジミークリフ、最近ではラッパーのアイス・キューブの改宗が有名だ。筆者の世代に懐かしい名前としては、最近CMでも使われた「雨に濡れた朝」が有名なキャット・スティーブンスがいる。
 
 ロンドン出身のキャット・スティーブンスを除いて、改宗者にアフリカ系アメリカ人が多いことは、アメリカのイスラーム改宗の大きな特徴だ。60年代、黒人解放運動のなかで重要な役割を果たした「マルコムX」は、1992年に映画になったことで再び注目を浴びたが、彼にとって改宗は、人種差別と犯罪にまみれた環境から脱出する道だった。それはキリスト教徒となる前のルーツ探しの結果でもあり、肌の色の違いによって差別されないイスラーム社会への憧憬だったといえる。マルコムXの影響を受けたモハメド・アリが、良心的兵役拒否でベトナム戦争への徴兵を断ったことは、よく知られている。
 
 初のアフリカ系アメリカ人大統領の誕生が決定したのとほぼ同じ時期に、マイケル・ジャクソンがイスラーム教徒に改宗したのは、何か関係があるのだろうか。ちなみに、オバマ大統領自身、父親がイスラーム教徒である。イスラームでは、イスラーム教徒の父を持つ子供は、自動的にイスラーム教徒として生まれる。アメリカの長い道のりのなかで、黒人への差別を乗り越えることが、イスラーム教への偏見を乗り越えることになるだろうか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米イラン、6日に核協議 イスタンブールで=関係筋

ワールド

グリーンランド首相「米の同地巡る支配意図変わらず」

ワールド

英、ロシア外交官を追放 先月の同様の措置への報復

ビジネス

米ISM製造業景気指数、1月は1年ぶり節目超え 受
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 2
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 3
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 4
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 5
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 6
    エプスタイン文書追加公開...ラトニック商務長官、ケ…
  • 7
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタ…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    共和党の牙城が崩れた? テキサス州で民主党が数十…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story