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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
全米一怒れる男ウィネバゴ・マン
年末にはマウント・シャスタという山にスキーに行った。
シャスタをニューエイジの人たちはパワーストポットだと信じていて、3000メートル超の山頂からの雪解け水は霊水としてもてはやされている。
が、そんな聖地にアメリカ一口汚くて怒っぽい男が住んでいる。
人は彼を「ウィネバゴ・マン」と呼ぶ。
ウィネバゴとはアイオワ辺りのアメリカ原住民の部族名で、アイオワにある大手キャンピングカーの社名でもある。だからウィネバゴはキャンピングカーの代名詞にもなっている。
そのウィネバゴ社の商品解説ビデオが80年代からアンダーグラウンドで流通していた。新型キャンピングカーの新機能やセールスポイントを紹介するビデオ宣材だ。なぜ、そんな退屈そうなビデオがアングラで?
NG集、使われなかったアウトテイク集だからだ。
モンティ・パイソンのジョン・クリーズに似た、巨体に禿頭、口髭で目つきの険しい男がカメラに向かって説明する。
「ウィネバゴ社の新型キャンピングカーの優れた点は多機能バスルームです。それは......なんだっけ......FUCK!」
「自分で何を言ってるのかわからん......FUCK!」
FUCK!
FUCK!
FUCK!
FUCK!
男は『スカーフェイス』のアル・パチーノよりも沢山のFUCKを連発する。スタッフを怒鳴り、顔の周りを飛ぶ虫に怒鳴り、セリフをトチり続ける自分に怒鳴り、宣伝すべき商品に向かって怒鳴る。
「このクソ車が!」
本来消されるはずのNG集がどうして流出したか、この男は誰なのか、何もかも不明だったが、とにかく爆笑できるので、VHSビデオは次々にダビングされて人から人に渡り、全米に広がった。
「こんな爆笑ビデオ、知ってる?」と、パーティなどで笑いながら観るようになり、怒れる男はいつしか「ウィネバゴ・マン」と呼ばれた。
これはいわゆるミームというやつだ。他にもミームのビデオはいろいろある。『トロル2』という映画もそうだった。詳しくは拙ブログを参照(http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20101226)。
それから10年ほど経ってYouTubeが生まれた。誰かがウィネバゴ・マンのビデオをアップした。ヒット数は200万を超えた。ウィネバゴ・マンは初期YouTubeのスターになった。他の初期YouTubeスターには、スターウォーズ・キッド(スターウォーズの悪役ダース・モールのマネをして棒を一心不乱に振り回す少年、http://www.youtube.com/watch?v=HPPj6viIBmU)や、ヌマヌマ男(マイヤヒーをノリノリで歌いまくる、http://www.youtube.com/watch?v=60og9gwKh1o&NR=1)、チョコレート・レイン男(自作の歌で聴く者を死ぬほどイラつかせる男、http://www.youtube.com/watch?v=EwTZ2xpQwpA)などがいた。
こういったビデオの存在はネットでたちまち広がるので、「ヴァイラス(ウィルス)のように感染する」という意味で「ヴァイラル・ビデオ」と呼ばれた。
ただしヴァイラル・ビデオのスターはあっという間に世界に知られて、あっという間に忘れ去られるものだった。人々は、ウィネバゴ・マンの正体など知ろうとも思わなかった。テキサスのドキュメンタリー映画作家ベン・スタインバウアーを除いては。
スタインバウアーは、ウィネバゴ・マンを探し続けた。その過程を『ウィネバゴ・マン』というドキュメンタリー映画として発表した。
捜索の結果、スタインバウアーはウィネバゴ・マンの本名がジャック・レブニーであることをつきとめた。元アナウンサーだったが、ウィネバゴの宣伝ビデオ撮影後、業界を引退していた。例のFUCK連発のNGテープを誰かがウィネバゴ社に送ったからだ。今では、マウント・シャスタの山奥の釣り池で管理人をしている。
スタインバウアーが会いに行くと、レブニーは人里離れた小さな山小屋で犬と暮らす孤独な老人だった。かつては大手テレビ局で活躍するジャーナリストだったが、今では頑なに世間を遠ざけていた。ウィネバゴ・マンのビデオがインターネットで世界的に注目されていると聞かされても、まるで関心を示さない。スタインバウアーが必死に説得してもレブニーは自分のことを語ろうとしない。レブニーは今も怒り続けていた。この世界全体に対して。
そんなある日、レブニーは山道で遭難して両目を失明してしまった。これで彼の心は完全に閉ざされてしまうのか?
この映画『ウィネバゴ・マン』で、スタインバウアーはダグラス・ラシュコフにインタビューする。ラシュコフは、著書「メディア・ヴァイラス(邦題『ブレイク・ウィルスが来た!!』)」で、ヴァイラル・ビデオという言葉を広めたメディア・アジテイターだ。
なぜウィネバゴ・マンの人間性を映画に記録したいのか? その動機はスタインバウアー自身にもよくわからない。ラシュコフは次のような分析をする。
――スタインバウアーはウィネバゴ・マンをヴァーチャルな存在ではなくジャック・レブニーという一人の生きた人間として描こうとしている。インターネット時代になって、YouTubeなどで一瞬だけ世界的に有名になって、一瞬後には忘れられる人々が大勢いる。そうやって彼らを消費してきた人々の集合的無意識の罪悪感がスタインバウアーを動かしているのでは?
『ウィネバゴ・マン』は、涙とともに感動的に幕を閉じる。ネット時代の集合的無意識の罪は贖われたのだろうか。
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