コラム

全米一怒れる男ウィネバゴ・マン

2011年01月04日(火)13時05分

 年末にはマウント・シャスタという山にスキーに行った。

 シャスタをニューエイジの人たちはパワーストポットだと信じていて、3000メートル超の山頂からの雪解け水は霊水としてもてはやされている。

 が、そんな聖地にアメリカ一口汚くて怒っぽい男が住んでいる。

 人は彼を「ウィネバゴ・マン」と呼ぶ。

 ウィネバゴとはアイオワ辺りのアメリカ原住民の部族名で、アイオワにある大手キャンピングカーの社名でもある。だからウィネバゴはキャンピングカーの代名詞にもなっている。

 そのウィネバゴ社の商品解説ビデオが80年代からアンダーグラウンドで流通していた。新型キャンピングカーの新機能やセールスポイントを紹介するビデオ宣材だ。なぜ、そんな退屈そうなビデオがアングラで?
 
 NG集、使われなかったアウトテイク集だからだ。

 モンティ・パイソンのジョン・クリーズに似た、巨体に禿頭、口髭で目つきの険しい男がカメラに向かって説明する。

「ウィネバゴ社の新型キャンピングカーの優れた点は多機能バスルームです。それは......なんだっけ......FUCK!」

「自分で何を言ってるのかわからん......FUCK!」

 FUCK!
 FUCK!
 FUCK!
 FUCK!

 男は『スカーフェイス』のアル・パチーノよりも沢山のFUCKを連発する。スタッフを怒鳴り、顔の周りを飛ぶ虫に怒鳴り、セリフをトチり続ける自分に怒鳴り、宣伝すべき商品に向かって怒鳴る。

「このクソ車が!」

 本来消されるはずのNG集がどうして流出したか、この男は誰なのか、何もかも不明だったが、とにかく爆笑できるので、VHSビデオは次々にダビングされて人から人に渡り、全米に広がった。

「こんな爆笑ビデオ、知ってる?」と、パーティなどで笑いながら観るようになり、怒れる男はいつしか「ウィネバゴ・マン」と呼ばれた。

 これはいわゆるミームというやつだ。他にもミームのビデオはいろいろある。『トロル2』という映画もそうだった。詳しくは拙ブログを参照(http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20101226)。

 それから10年ほど経ってYouTubeが生まれた。誰かがウィネバゴ・マンのビデオをアップした。ヒット数は200万を超えた。ウィネバゴ・マンは初期YouTubeのスターになった。他の初期YouTubeスターには、スターウォーズ・キッド(スターウォーズの悪役ダース・モールのマネをして棒を一心不乱に振り回す少年、http://www.youtube.com/watch?v=HPPj6viIBmU)や、ヌマヌマ男(マイヤヒーをノリノリで歌いまくる、http://www.youtube.com/watch?v=60og9gwKh1o&NR=1)、チョコレート・レイン男(自作の歌で聴く者を死ぬほどイラつかせる男、http://www.youtube.com/watch?v=EwTZ2xpQwpA)などがいた。

 こういったビデオの存在はネットでたちまち広がるので、「ヴァイラス(ウィルス)のように感染する」という意味で「ヴァイラル・ビデオ」と呼ばれた。

 ただしヴァイラル・ビデオのスターはあっという間に世界に知られて、あっという間に忘れ去られるものだった。人々は、ウィネバゴ・マンの正体など知ろうとも思わなかった。テキサスのドキュメンタリー映画作家ベン・スタインバウアーを除いては。

 スタインバウアーは、ウィネバゴ・マンを探し続けた。その過程を『ウィネバゴ・マン』というドキュメンタリー映画として発表した。

 捜索の結果、スタインバウアーはウィネバゴ・マンの本名がジャック・レブニーであることをつきとめた。元アナウンサーだったが、ウィネバゴの宣伝ビデオ撮影後、業界を引退していた。例のFUCK連発のNGテープを誰かがウィネバゴ社に送ったからだ。今では、マウント・シャスタの山奥の釣り池で管理人をしている。

 スタインバウアーが会いに行くと、レブニーは人里離れた小さな山小屋で犬と暮らす孤独な老人だった。かつては大手テレビ局で活躍するジャーナリストだったが、今では頑なに世間を遠ざけていた。ウィネバゴ・マンのビデオがインターネットで世界的に注目されていると聞かされても、まるで関心を示さない。スタインバウアーが必死に説得してもレブニーは自分のことを語ろうとしない。レブニーは今も怒り続けていた。この世界全体に対して。

 そんなある日、レブニーは山道で遭難して両目を失明してしまった。これで彼の心は完全に閉ざされてしまうのか?

 この映画『ウィネバゴ・マン』で、スタインバウアーはダグラス・ラシュコフにインタビューする。ラシュコフは、著書「メディア・ヴァイラス(邦題『ブレイク・ウィルスが来た!!』)」で、ヴァイラル・ビデオという言葉を広めたメディア・アジテイターだ。

 なぜウィネバゴ・マンの人間性を映画に記録したいのか? その動機はスタインバウアー自身にもよくわからない。ラシュコフは次のような分析をする。

 ――スタインバウアーはウィネバゴ・マンをヴァーチャルな存在ではなくジャック・レブニーという一人の生きた人間として描こうとしている。インターネット時代になって、YouTubeなどで一瞬だけ世界的に有名になって、一瞬後には忘れられる人々が大勢いる。そうやって彼らを消費してきた人々の集合的無意識の罪悪感がスタインバウアーを動かしているのでは?

『ウィネバゴ・マン』は、涙とともに感動的に幕を閉じる。ネット時代の集合的無意識の罪は贖われたのだろうか。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story