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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
『キッズ・アー・オールライト』 あの娘の家にはママが2人
ウチのはす向かいの家のジョアナちゃんにはお父さんが2人いる。
両親は同性カップルなのだ。
ウチはイーストベイと呼ばれる、サンフランシスコから橋を渡った東岸にある。サンフランシスコ、特にカストロ地区は世界最大のゲイ・タウンとして知られている。数万のゲイやレズビアンの人々が住み、ゲイバーやクラブが並び、深夜を過ぎてもネオンが輝き、音楽があふれ、笑い声が絶えない、きらびやかでにぎやかで、まさにflamboyantな(けばけばしい)街だ。
しかし、ゲイの人も家族を持ち、子どもができると、だんだんとサンフランシスコを出て、その周辺の郊外住宅地に移っていく。子どものためにもっと静かで健全で安全な環境を、もっと偏差値の高い学校を、と親が求めるものはみんな一緒。それで、ここイーストベイには子持ちのゲイ・カップルが多いというわけ。
ウチの娘は幼稚園の頃から、友達に同性カップルの子が何人もいたから慣れてしまって、別に何とも思っていない。でも、そんな場所は、アメリカでも西海岸と東部の大都会とその周辺だけだ。
2003年、サンフランシスコのニューソン市長は同性カップルの結婚を認めたが、たちまち反対運動が全米に広がった。当時のブッシュ大統領は「結婚は男女の間での神聖な契約だ」と主張し、連邦の法律で同性婚を禁止しようとぶち上げた。2004年の大統領選挙でブッシュ陣営は同性婚問題を焦点にし、イラク戦争という失政から国民の目を逸らそうとした。モラル・ボーター(道徳的投票者)と呼ばれる宗教的保守派の人々は見事に操られ、ブッシュを再選した。
2006年にはカリフォルニア州で同性婚禁止条例の法案が州民投票にかけられ、52.5%が条例を支持した。予想された結果だった。カリフォルニアは他の地域と比べてキリスト教保守は少ないが、カトリックのメキシコ系が多いし、ユダヤ系やアジア系も多い。彼らは政治的にはリベラルだが、家族の絆や伝統を大切するのでモラル的には保守的なのだ。
しかし本当は、家族主義とセクシュアリティは別の問題だと思う。
先日、『ザ・キッズ・アー・オールライト』という映画がアメリカで公開された。「子どもたちは大丈夫」というタイトルは、イギリスのロックバンド、ザ・フーのドキュメンタリー映画と同じだが、こちらはホーム・コメディだ。レズビアン夫婦とその子どもたちの。
カリフォルニア州の女子高生ジョニは17歳。優等生で、一流大学に合格し、この夏休みが終われば家を出て大学の寮に入る。ただ、その前にやっておきたいことがあった。
自分のバイオロジカル・ファーザー(生物学的な父親)がどんな男なのか知りたくなったのだ。
ジョニの2人の母を演じるのはアネット・ベニングとジュリアン・ムーア。ジョニを生んだのはムーアで、弟のレイザーを生んだのはベニング。2人とも精子バンクで買った同じ男の精子で妊娠した。ジョニは精子バンクに精子提供者の正体を問い合わせる。本人が求めた場合、精子バンクはそれを教える義務がある。
15歳になる弟レイザーもちょっと不安定で、親友が父親と取っ組み合いするのをうらやましそうに見つめたりしている。親友と一緒に両親の寝室に忍び込んで、タンスを漁る。きっとレズビアンのエロ・ビデオがあるはずだぞ。見つけたDVDを再生すると、なぜか男同士のホモビデオだった。
「あんたたち何見てるの!」
息子が男友達とホモビデオを観ていたことを知って、母親たちは「息子はゲイじゃないか」と心配する。逆に息子も質問する。「母さんたちはレズなのに、なんでホモビデオなんて見るの?」
「......それはね、レズビデオはたいていノンケの女性が演技してるだけだから......」
このへんのやり取りは爆笑。実際、レズの人たちはボーイズ・ラブが結構好きらしい。
『ザ・キッズ・アー・オールライト』の脚本・監督のリサ・チョロデンコもレズビアンで、彼女のパートナーはウェンディ&リサのウェンディだ。プリンスのバンド「レボリューション」のギタリストのウェンディと言った方がわかりやすいか。チョロデンコ自身、この映画化の企画中に精子バンクを使って子どもを産んだそうで、彼女の体験も反映された映画なのだ。
ジョニが会った精子提供者を演じるのはマーク・ラファーロ。大学をドロップアウトして無農薬野菜が売り物のオシャレなレストランを経営している。40過ぎだが独身貴族。20代の女の子たちと気ままな恋を楽しみ、バイクを乗り回し、シャツのボタンを2つ開けて胸毛とペンダントをのぞかせている。
ジョニは会ったとたんに、このセクシーで遊び人のチャラい親父にコロっと参ってしまう。弟も同じだ。ラファーロの不良っぽさ、アニキっぽさは、思春期の彼が求めていたものだ。
ラファーロと比べると、一家の父親役であるアネット・ベニングは堅苦しい。食卓でも家長の席に座り、勉強しろ、礼儀正しくしろとうるさい。べニングは女性なのに、古臭い昔の父親そのものなのだ。母親は専業主婦として家を守るのが仕事と考え、ジュリアン・ムーアが働きに出ようとすると嫌な顔をする。そしてとうとうジュリアン・ムーアまで自由奔放なマーク・ラファーロに惹かれてしまう。
アネット・ベニング父さんは家族を奪われてしまうのか?
『ザ・キッズ・アー・オールライト』は、ちゃんとタイトルどおり「オーライ」な結末を迎え、モラルとセクシュアリティはまったく別のものだという当たり前のことを見せてくれる。実際、うちのまわりの同性カップルたちも、子どものために引っ越しただけあって実に真面目で、厳しく礼儀正しく子どもを育てているし、PTAや近所づきあいにも熱心で、家族を守るということに関しては堅実で、保守的と言ってもいい。たまたま同性愛者なだけだ。
同性婚に反対する人々は「同性カップルを両親に持った子どもは精神的にいろいろな問題を抱えることが多い」と主張するが、異性愛者の両親なら完璧とは限らない。家庭的な同性愛者だっているし、子育てのできない異性愛者だっている。
また、この映画では同性カップルの収入格差もチラっと描かれる。それは同性カップルが正式な結婚を求める理由のひとつでもある。カップルには多かれ少なかれ経済的な格差がある。収入を担っていた者が死んだり、離婚した場合、相手は経済的な危機に直面することがある。そんな時、財産分与や相続などの権利を守ってくれるのが結婚という法的な契約なのだ。
8月4日、連邦地裁のウォーカー判事は、カリフォルニア州の「同性婚禁止条例」はすべての個人に対する法の平等を定めた合衆国憲法修正第14条に違反すると判決した。同性カップルが連邦地裁に提訴していたのだ。アメリカの各州はそれぞれが自治権を持つ「国」なので独自に法律を作るが、それが合衆国憲法に適っているかどうかを連邦裁判所が判断する。多数決だけでは守られない少数派の権利はこうして守られる。
最終的には最高裁まで争われると言われているが、とりあえず8月18日から役所は同性婚を受け付けることになった。今、はす向かいのジョアナちゃんの家の窓には、「ありがとう、ウォーカー判事」と書いた紙が貼ってある。
<追記>
この後、現地時間8月15日に、18日から開始と言われていた同性婚の受付が期限未定の延期になりました。
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