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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
3カ月間だけ英雄だったマザーファッカー
2010年05月18日(火)16時18分
筆者の住むイーストベイと対岸のサンフランシスコを結ぶ、ACトランジットというバス路線がある。今年2月、その車内で「黒人のチンピラにからまれた白人の老人が逆にそのチンピラを素手で殴り倒して撃退する」映像がネットに上がった。
同じバスの乗客が現場を携帯電話でビデオに撮ってYouTubeに上げたのだが、すぐにツィッターやブログで広まり、視聴数はその日のうちに100万を超えた。いわゆるミーム(Meme)、またはヴァイラル・ビデオ(Viral Video、ウィルスのように伝播攪拌されるビデオ)になったわけだ。
白人の老人はZZトップのように長く白い髭と見上げるような長身が特徴で、いつしかエピック・ベアード・マン(Epic Beard Man、デカいヒゲ男)と名付けられた。ベアード・マンはビデオのなかで「わしは67歳だ!」と叫んでいた。
ネットではベアード・マンを「英雄だ」と讃える人々と、その反対派の間に論争が巻き起こった。日本風に言えば「祭り」が始まったのだ。
ネットでは投稿者の年齢や人種がわからないので憶測しかできないが、書き込みを見る限り、ベアード・マンを讃える人々は黒人のティーンエイジャーやストリート・ギャングによる暴力事件への憤懣を抱えている人々が多かった。なかには黒人に対する差別的な書き込みも目立った。
ベアード・マンの人気はサブウェイ・ガンマンを思い出させる。1984年、ニューヨークの地下鉄でからんできた4人の黒人少年をバーンハード・ゲイツという白人が拳銃で撃ち倒した。彼は一時、英雄と讃えられた。
YouTubeには、ベアード・マンが黒人の相手と戦う映像にヒットポイントの体力ゲージをつけた格闘ゲーム・バージョンや、アニメーション、ベアード・マンに捧げる歌などがUPされた。
地元のメディアの取材でベアード・マンの本名はトム・ブルーソと判明した。彼は元ホームレスで、今はオークランドの貧困者用老人ホームに住んでいる。ベトナム帰還兵で、友人の間では「ベトナム・トミー」と呼ばれている。
「ブルーソはお国のために戦った英雄だ! 彼にお金を送ろう!」
ベイエリアのIT業者がアード・マンに感動し、彼のために一口5ドルの寄付を募るファン・サイトを立ち上げた。その他、ブルーソの伝記を出版社や映画界に売り込もうとするマネージャー志願も現れたという。
そうしたベアード・マン人気のいっぽう、彼の行動を一種のヘイト・クライム、つまり差別による暴力だと批判する声も少なくない。
というのも、実際の経緯はこうだからだ。
バスの運転手や乗客の証言によると、バスに乗って来たベアード・マンは他の乗客全員に聞こえる大声で「ブラザー(黒人のこと)は靴磨きがうまいんだよ」と話し始めたという。60年代まで靴磨きは黒人の仕事とされていた。ビデオを見ると、他の乗客にはアフリカ系が何人かいる。ブルーソは彼らを意味もなく人種的に侮辱、挑発した。だから、黒人女性の1人が携帯のビデオで、この失礼な白人の老人を撮影し始めたというわけだ。
この先はそのビデオに記録されている。ブルーソは向かいの席に座る痩せたアフリカ系の乗客に「あんた、いくらでわしの靴を磨いてくれる?」と尋ねた。
「なんでオレがあんたの靴を磨くんだ?」
アフリカ系乗客(後にマイケル・ラヴェットという名前と判明)は、驚きと怒りも露わに訊き返した。「何を怒ってるんだ。わしは差別したわけじゃない」ブルーソは肩をすくめた。「チャイナマンにだって同じこと言うさ」 Chinamanとは中国人だけでなくアジア人全般を指す侮蔑語だ。
ブルーソは前の席に逃げた。怒りの収まらないラヴェットは彼を追う。他の黒人女性の声で「このジジイの白いケツをやっつけてやりな!」とけしかける声が聞こえる。
ブルーソが「わしは67歳だが、お前なんか怖くないぞ!」と凄むと、ラヴェットはブルーソの胸を拳で押した。その途端、ブルーソは猛烈なパンチの嵐をラヴェットに浴びせた。ブルーソの腕は丸太ん棒のように太く、拳はグレープフルーツより大きかった。対するラヴェットはブルーソよりふたまわり小さかった。
ガクっと膝をついたラヴェットに「わしを舐めるなよ!」と言い捨ててブルーソはバスを降りた。車内の青い座席には真っ赤な血が飛び散っている。ラヴェットは鼻と口からダラダラ出血している。
ブルーソは「黒人のチンピラを懲らしめた老いたる英雄」なんかじゃなかったのだ。
その後の報道でブルーソの正体がどんどん暴かれていった。彼は実は暴力事件で何度も逮捕されている札付きのならず者だった。ベトナムに行ったというのもウソだった。事件の当日バスに乗ったのはマリファナを買いに行く途中だった。「67歳」と言っているが実際は64歳だった。逆に殴られたラヴェットは若いチンピラなどではなく、実は50歳の男性だった。
寄付サイトはいつの間にか終わった。ブルーソ・ブームは3カ月間で消えた。
ビデオはバスを降りるブルーソの後ろ姿を追う。その青いTシャツの背にはこんな言葉がプリントされていた。
I am a motherfucker.
まったくその通り。
同じバスの乗客が現場を携帯電話でビデオに撮ってYouTubeに上げたのだが、すぐにツィッターやブログで広まり、視聴数はその日のうちに100万を超えた。いわゆるミーム(Meme)、またはヴァイラル・ビデオ(Viral Video、ウィルスのように伝播攪拌されるビデオ)になったわけだ。
白人の老人はZZトップのように長く白い髭と見上げるような長身が特徴で、いつしかエピック・ベアード・マン(Epic Beard Man、デカいヒゲ男)と名付けられた。ベアード・マンはビデオのなかで「わしは67歳だ!」と叫んでいた。
ネットではベアード・マンを「英雄だ」と讃える人々と、その反対派の間に論争が巻き起こった。日本風に言えば「祭り」が始まったのだ。
ネットでは投稿者の年齢や人種がわからないので憶測しかできないが、書き込みを見る限り、ベアード・マンを讃える人々は黒人のティーンエイジャーやストリート・ギャングによる暴力事件への憤懣を抱えている人々が多かった。なかには黒人に対する差別的な書き込みも目立った。
ベアード・マンの人気はサブウェイ・ガンマンを思い出させる。1984年、ニューヨークの地下鉄でからんできた4人の黒人少年をバーンハード・ゲイツという白人が拳銃で撃ち倒した。彼は一時、英雄と讃えられた。
YouTubeには、ベアード・マンが黒人の相手と戦う映像にヒットポイントの体力ゲージをつけた格闘ゲーム・バージョンや、アニメーション、ベアード・マンに捧げる歌などがUPされた。
地元のメディアの取材でベアード・マンの本名はトム・ブルーソと判明した。彼は元ホームレスで、今はオークランドの貧困者用老人ホームに住んでいる。ベトナム帰還兵で、友人の間では「ベトナム・トミー」と呼ばれている。
「ブルーソはお国のために戦った英雄だ! 彼にお金を送ろう!」
ベイエリアのIT業者がアード・マンに感動し、彼のために一口5ドルの寄付を募るファン・サイトを立ち上げた。その他、ブルーソの伝記を出版社や映画界に売り込もうとするマネージャー志願も現れたという。
そうしたベアード・マン人気のいっぽう、彼の行動を一種のヘイト・クライム、つまり差別による暴力だと批判する声も少なくない。
というのも、実際の経緯はこうだからだ。
バスの運転手や乗客の証言によると、バスに乗って来たベアード・マンは他の乗客全員に聞こえる大声で「ブラザー(黒人のこと)は靴磨きがうまいんだよ」と話し始めたという。60年代まで靴磨きは黒人の仕事とされていた。ビデオを見ると、他の乗客にはアフリカ系が何人かいる。ブルーソは彼らを意味もなく人種的に侮辱、挑発した。だから、黒人女性の1人が携帯のビデオで、この失礼な白人の老人を撮影し始めたというわけだ。
この先はそのビデオに記録されている。ブルーソは向かいの席に座る痩せたアフリカ系の乗客に「あんた、いくらでわしの靴を磨いてくれる?」と尋ねた。
「なんでオレがあんたの靴を磨くんだ?」
アフリカ系乗客(後にマイケル・ラヴェットという名前と判明)は、驚きと怒りも露わに訊き返した。「何を怒ってるんだ。わしは差別したわけじゃない」ブルーソは肩をすくめた。「チャイナマンにだって同じこと言うさ」 Chinamanとは中国人だけでなくアジア人全般を指す侮蔑語だ。
ブルーソは前の席に逃げた。怒りの収まらないラヴェットは彼を追う。他の黒人女性の声で「このジジイの白いケツをやっつけてやりな!」とけしかける声が聞こえる。
ブルーソが「わしは67歳だが、お前なんか怖くないぞ!」と凄むと、ラヴェットはブルーソの胸を拳で押した。その途端、ブルーソは猛烈なパンチの嵐をラヴェットに浴びせた。ブルーソの腕は丸太ん棒のように太く、拳はグレープフルーツより大きかった。対するラヴェットはブルーソよりふたまわり小さかった。
ガクっと膝をついたラヴェットに「わしを舐めるなよ!」と言い捨ててブルーソはバスを降りた。車内の青い座席には真っ赤な血が飛び散っている。ラヴェットは鼻と口からダラダラ出血している。
ブルーソは「黒人のチンピラを懲らしめた老いたる英雄」なんかじゃなかったのだ。
その後の報道でブルーソの正体がどんどん暴かれていった。彼は実は暴力事件で何度も逮捕されている札付きのならず者だった。ベトナムに行ったというのもウソだった。事件の当日バスに乗ったのはマリファナを買いに行く途中だった。「67歳」と言っているが実際は64歳だった。逆に殴られたラヴェットは若いチンピラなどではなく、実は50歳の男性だった。
寄付サイトはいつの間にか終わった。ブルーソ・ブームは3カ月間で消えた。
ビデオはバスを降りるブルーソの後ろ姿を追う。その青いTシャツの背にはこんな言葉がプリントされていた。
I am a motherfucker.
まったくその通り。
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