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コラム
町山智浩やじうまUSAウォッチ
30秒3億円のスーパーボウルCMと宗教と政治
今週末はスーパーボウルだ。ニューオリンズ・セインツとインディアナ・コルツの頂上決戦だ。
地元チームが出場しない場合、アメリカではみんな、何かの理由で応援するチームを決める。親戚が住んでる場所とか、好きな選手がいるチームとか。
オイラが応援したいのはニューオリンズ・セインツだ。2005年のハリケーン・カトリーナでニューオリンズは破壊され、セインツのホームであるスーパードームは被災者たちの家になった。市の完全な復興は今も成し遂げられていない。そんな逆境で戦い、スーパーボウルに勝ち進んだ聖人たちを讃えよう。
それにセインツにはスコット・フジタがいる。フジタは「藤田」だが、彼は完全な白人で、その体には日本人の血は1滴も流れていない。しかし心は日本人だ。スコットは幼くして日系人のフジタ夫妻の養子になった。家では日本語を話し、日本食で育てられた。日本の歴史や伝統を教わり、第二次大戦時に日系人が収容所に入れられたことやヒロシマ・ナガサキの原爆のことも知った。日本に生まれ育った日本人よりも日本人かもしれない。彼のトレードマークは敵と激突する前に日本式にお辞儀する礼儀正しさだ。
さて、スーパーボウル最大の楽しみは中継時のCMだ。スーパーボウルは試合よりもハーフタイムショーを観る人口のほうが多くて、CMだけ観る人口はもっと多いと言われるほど、CMが名物だ。なにしろアメリカ人の2人に1人が観る国民的行事だから、各社はこのためだけに大予算をかけて気合の入ったCMを作る。有名なリドリー・スコット監督のアップル・コンピュータのCMをはじめ、歴史に残る傑作も多い。
スーパーボウルCMの放送料は30秒間で約3億円といわれるが、この不況にもかかわらず今年もCM枠はすでにソールドアウト。CBSが得る放送料の合計は2億ドル!
しかし気合が入り過ぎて放送されないCMもままある。去年はアシュレー・マディソンというインターネット・サイトのCMがCBSから放送を拒否された。夫婦がレストランで外食するのだが夫はすでに妻への気遣いを忘れ、2人の間にはもうロマンチックなムードはない。そこに出る文字は「離婚だけが選択肢ではありません」。つまり浮気相手を紹介する出会い系サイトの広告だったのだ。
今年はマンクランチというインターネット・サイトがスーパーボウル用にこんなCMを作った。カウチに座ってアメフト中継見ているヒゲ面のムサい男2人。チップの入ったボールに2人同時に出した手が触れ合う。それで火がついて2人は熱い抱擁と口づけを。これはゲイ向けの恋人紹介サイトで、やっぱり放送を拒否された。
今年いちばん話題なのは学生アメフト最高の栄誉ハイズマン賞に輝くフロリダ大学のクォーターバック、ティム・ティボウが出演するCMだ。内容は彼が生まれた時の話。1987年、ティボウを妊娠していた母親はフィリピンにいたが、アメーバ性赤痢にかかって薬を飲んだことが原因で胎盤剥離を起こした。医師はこのままでは母体が危ないし、子どもも障害を受けたかもしれない、と中絶を勧めた。しかし母は拒絶して赤ん坊を産んだ。あの時、中絶していたら、この世界は優秀なスポーツマンを1人失っていた。
これは中絶反対を訴える保守系キリスト教団体フォーカス・オン・ファミリーのCMである。ティボウの家族は、聖書の教えを忠実に守る福音派キリスト教徒で、ティボウ自身も試合では毎回、目の下に「John 16:33」や「Mark 4:13」などとペイントしている。これは聖書の言葉を意味する。たとえば「John16:33」はヨハネ福音書16章33節の「我すでに世界に勝てり」のことだ。
人工中絶は73年に連邦最高裁でその権利が認められて以来ずっと政治的争点になってきた。米国民の25〜30%を占める福音派、保守的キリスト教徒たちは中絶を再び禁止しようと政治家に圧力をかけている。政治家にとって中絶の権利を認めるか認めないかは当落を決める重要なファクターだ。そういう政治的で宗教的な問題のCMをスーパーボウルで放送させていいのか? CBSに批判が集まっている。
2004年のスーパーボウルではある政治的CMの放送が問題になった。リベラル系市民団体ムーブオンが作ったもので、5歳くらいの子どもたちが皿洗いやビルの清掃、ゴミ処理場で油と汗にまみれて黙々と働いている。そこにナレーション。
「金持ちへの無茶な減税、理由なきイラク戦争で膨れ上がった史上最大の負債を支払わされるのは次の世代です」
これは当時のブッシュ政権の政策の失敗を指摘し、その年の選挙で対立候補への投票を訴えるCMだった。CBSは特定の政治的バイアスを理由に放送を拒否した。このCMは現状を的確に予言していたのだが。
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