コラム

想像を絶した私の戦争「初体験」【後編】

2010年04月07日(水)11時00分

 その夜私たちは深く濃い闇の中でハンモックに横たわり、眠れないままで過ごした。物悲しい虫の音が響き、兵士たちは戦闘の準備をしていた。ユーカリの焚き火から立ち上る煙の合い間に、オレンジ色の火に照らされて時折ライフル銃が光るのが見えた。

 M16自動小銃か中国製の携行式ロケット弾に約10キロの弾薬、ハンモック、歯ブラシ、鍋、米を詰めた緑色の細長い布の袋を、それぞれの兵士が携帯していた。緑の袋は太った短いヘビのように、首か腰に巻きついていた。行軍中にはその米のほかに、虫やヘビや魚を捕らえて食べることになる。

 ほとんどの兵士が裸足か、アランヤプラテートの市場で買った派手な色のビーチサンダルを履いて歩いていた。ロールアップしたズボンを履いている兵士もいれば、赤と白のチェック柄のクロマーと呼ばれる木綿の布を腰に巻いている者もいた。

 それとは対照的に、士官たちはかっちりとしたアメリカ製の密林仕様の軍服を着用し、金属底のブーツを履き、大きなサングラスで顔を覆っていた。75年にクメール・ルージュに追われたソク・サン将軍は、これ見よがしに銀色のレミントン6連発拳銃とピカピカのブーツを身に着けていた。

 彼の配下の士官の一人はマルセイユの銀行員だった男だが、どう見てもきつすぎる軍服を着ていた。彼は、その晩の食事のブイヤベースが本場南仏のものといかに違うか、ということを話していた。私はそれまで本物のブイヤベースなんて食べたこともなかった。

 翌朝私たちは、鳥たちの目覚めよりも早く、カメラとフィルム、ハンモックと下着の替えをアランで買ったまがい物の米軍のバックパックに詰め込んだ。低い朝日がギラギラと目を刺す中、私たちはゆっくりと進む男たちの列に加わり、煙が腰の高さまで充満する宿営地を出発した。総勢60人ほどの兵士が、金貨の詰まった袋のように背中に重く打ち付ける弾薬袋を背負い、関節の痛みに咳き込んだりつばを吐いたり、うめいたりしながら歩いていた。

 クメール人の兵士たちは短い歩幅で俊敏に移動した。ごついつま先で水田の細いあぜ道をしっかり踏みしめ、とげのある植物や虫を踏みつけ、ベトナム人との戦いに向かって進んだ。裸足のままで。

 時速6キロほどの速いペースで、私たちは沼地とジャングルを進んだ。目は腫れ上がり、足にはまめができ、服は擦り切れてきた。真昼の厳しい暑さの中、私たちは川沿いの木陰で休憩し、食事をとって体を休めた。

 ロバートと私は素っ裸になって水に飛び込み、火照りを鎮めた。川岸に座って足を水に浸し、タイの安タバコを吸いながらぼんやりしていると、一人の兵士が歩いて来て、私たちの肩越しにロケット弾を発射した。

 驚いた私たちは裸のまま這い出し、皆から大笑いされた。たくさんの魚が水面に浮き上がり、下流で待ちかまえていた2人の兵士の張った蚊帳の中に流れ込んだ。まったく肝をつぶした。

 その部隊の司令官は、パリに亡命していた若いカンボジア人で(政界の大物の息子だった)、礼儀正しく、肉付きのいい健康的な男だった。彼はわざわざ私たちの所にやって来て、すぐ向こうの谷間までこれから偵察に出かけるのだと説明してくれた。彼はとてもリラックスしていて、まるで銃弾を背負ってハイキングに行くような雰囲気だった。

 私は考えた。なんだかちょっと気楽すぎるのではないか、戦っている敵はもっと恐れる価値のある相手ではないのか? ベトナムのホーおじさん(ホー・チ・ミン)の常勝軍といえば、25年も続いた激戦で、フランス帝国を、米軍を、中国共産党を撃破したすごい軍隊ではないのか。いや、素人の私が口出しすることではない。指揮官が白といえば白、黒といえば黒なのだから。

 まっすぐこちらに向かってくる砲撃の音は、想像を絶するものだった。そんな音などそれまで聞いたことはなかったが、私も周りの兵士たちと同様、本能的に悟った。この砲撃は自分たちの方向に進んでいて、1、2秒後には着弾する----。それはウイスキーの瓶からコルクの栓を抜く音に似ていたが、もっと大きくて悪意のある音だった。まっすぐこちらに向かっているのでなかったら、あれほどの音はしないだろう。

 その日、私たちは谷間のてっぺんで野営していた。連なる丘の合い間に平地が広がるその界隈で、唯一の目印になるような場所を司令官は野営地に選んでしまったわけだ。ベトナム軍の偵察隊はその座標を自分の地図に書き込んでおいたに違いない。私たちは売春宿に入る生娘よろしく、仕掛けられたわなの中に歩いて行った。

 偵察隊は私たちが服を脱ぎ、水浴びをし、食事をして、硬い地面から1メートルほどの高さのハンモックに膨れた腹を出して横になるまでじっと待っていた。それから、ソビエト製多連装ロケット弾発射装置で16発の一斉砲撃を命じたのだ。

 最初の4発が発射されたとき、私とネートはハンモックから転がり落ち、クメール人の兵士たちがハンモックの下に掘っておいてくれた小さい塹壕に落ちた。ネートが先に着地し、私は彼の上に飛び乗ったが、二人とも真っ裸で、雌犬にのしかかる雄犬さながらだった。

 見上げると、ロバートがハンモックから転がり出たのが見えた。彼は私たちから20メートルほどの地面に伏せていたが、彼から10メートルほど手前に最初の4発が着弾した。100メートル近い完ぺきな線を描いて、やつらはまるで巨大な脱穀機みたいに森をなぎ倒していた。ロバートから見えたのは、できるだけネートにくっつこうとして地面に突き出した私の裸の尻くらいなものだったろう。

 続く4発は私たちとロバートの間に落ちたので、もうロバートの姿は見えなくなった。砲弾の破片が空気を切り裂き、ハンモックを結び付けていた木を砕く音が聞こえた。

 地面が固かったので、砲弾の破片は地面を跳ね回り、銃撃の効果を倍増させた。衝撃はまるで隕石のように地面を轟かせ、ネートと私はほこりまみれの穴の中で、声がかれるまで叫び声をあげ続けていた。3度目の砲撃は私たちの10メートルほど後ろに落ち、ほんの5秒後には最後の砲撃が来て、約40メートル後ろに着弾した。

 たった20秒ほどの間に、16発のロケット弾が私たちの陣地をくまなく攻撃し、人も木も、スケートリンクほどの広さの場所にあった全てを破壊し尽くした。完ぺきな攻撃だった。死亡率は30%。金魚鉢の中に手榴弾を投げ込んだようなものだ。

 兵士のうちの20人ほどはすでに眠っていて、ハンモックの中で八つ裂きにされていた。私もネートもロバートも無傷で生き延びたが、ハンモックや衣服、道具類は粉々になり、煙をくすぶらせて兵士たちの血と肉片に覆われていた。

 私はクソをもらすこともなく「初体験」をすませた。戦争を体験し、シンプル・マインズの歌のコーラス部分ほどの時間に60人の人間が40人に減るのを目撃した。戦争はどこか魅力的で、英雄的で、高貴なものだなどという考えは、バッグにこびりついた誰かの肉片をふき取って、中からズボンを引っ張り出す間にすっかり消え失せた。

 私は一度に100歳も年を取った。これまで読んだどんな戦争についての記述にも、こんな現実は書かれていなかったと悟った。本当の戦争とはどんなものか、書くことなんて不可能だ。
 私たちは撤退した。

関連記事:想像を絶した私の戦争「初体験」【前編】

プロフィール

ゲイリー・ナイト

1964年、イギリス生まれ。Newsweek誌契約フォトグラファー。写真エージェンシー「セブン(VII)」の共同創設者。季刊誌「ディスパッチズ(Dispatches)」のエディター兼アートディレクターでもある。カンボジアの「アンコール写真祭」を創設したり、08年には世界報道写真コンテストの審査員長を務めたりするなど、報道写真界で最も影響力のある1人。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

〔情報BOX〕米相互関税、各国首脳の反応

ビジネス

米関税で市場に動揺、貿易戦争・景気後退を懸念 「最

ワールド

訂正(3月31日配信の記事)-トランプ大統領、3期

ワールド

トランプ氏が相互関税発表、日本は24% 全ての国に
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story