コラム

電力不足をイラクで考える

2011年07月15日(金)11時17分

 この夏も猛暑だというのに、節電を考えると、エアコンの使用は控えめにしてしまう。こんな家庭が多いのではないでしょうか。

 電力がいかに大事か。私はいまイラク南部の都市バスラで実感しています。

 イラクが電力不足に喘いでいることは、酒井啓子さんが「中東徒然日記」の中で書いていらっしゃる通りです。

 アメリカがイラクを攻撃・占領した後、全土の電力不足に迅速に対応しなかったため、イラク国民の不満を高め、それが治安の悪化にもつながりました。それはいまも続いています。イラクの真夏の暑さは想像を絶するからです。エアコンがなければ、冷蔵庫が機能しなければ、どうやって過ごせばいいのか。

 7月上旬、私はイラク第2の都市であるバスラの古びた港湾施設や石油精製施設を取材しました。日本から持参した寒暖計を炎天下に置くと、水銀柱は、あっという間に目盛り上限の50度を突破しました。上限を超えたので、正確な気温は計れなくなりましたが、目分量で言えば54度というところです。湿度は15%でした。カラカラの熱風が吹きつけるのです。うっかり鉄の手すりに触ろうものなら、火傷してしまいそうです。

 湿度が低いので、日本の蒸し暑さのようなベタつきはないのですが、体から急激に水分が失われていくのがわかります。

 その後、首都バグダッドに来たら、日中は47度でした。これもまた、堪りません。

 現在のイラクは、一時のような深刻な治安状況は脱しました。バスラでは米軍の姿を見かけることもありませんでした。イラク軍と警察に治安維持の任務が引き継がれ、なんとか機能しています。

 治安の回復度合いは場所によって異なるため、一概には言えませんが、南部のバスラや北部のクルド人自治区は劇的に治安が回復しました。

 以前ほど危険ではなくなったのですが、この暑さの危険度は殺人的です。

 こうなると、人々が生きていくためにエアコンは必須。ところが、この電力不足。地域ごとに計画停電を実施しています。計画通りに停電するのなら、まだ対策の打ちようがありますが、突然の停電にはお手上げです。私がバスラで泊まったホテルでも、ひっきりなしに停電しました。停電すると、空調が効かなくなり、部屋はもちろんロビーも廊下も、猛烈な暑さになります。頭がぼーっとしてきます。

 一般の住宅や商店では、停電で冷蔵庫が機能せず、生ものや冷凍食品はすぐにダメになります。ジュース類も生温くては売り物になりません。やり場のない怒りが湧いてきます。かくして暴動が発生するのです。暴動なんか起こしたら、ますます暑くなるじゃないか、などと無責任なことを言うわけにはいきません。電力があってこその治安の回復なのです。

 かつてロシア革命の指導者レーニンは、「共産主義とは全国電力化のことである」という意味のことを言いました。電化が進めば、人々は暮らしの向上を実感でき、言うことを聞くというわけです。

 レーニン並みの判断力がアメリカにあれば、イラクの戦後復興は、もう少し順調になったのにと恨みごとを言いたくなります。

 イラクの電力不足解消に向けて日本も援助しているのですが、日本の専門家によれば、電力不足解消にはあと4年はかかるだろうということです。

 日本人はおとなしいですから、イラクと違って電力不足で暴動は起きないでしょうが、電力不足が時の政府への信頼を確実に失わせるという点では、イラクも日本も同じことです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 

ワールド

ウクライナ、米国の和平案を受領 トランプ氏と近く協
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story