コラム

ユダヤ教聖典はビジネスに役立つ?

2011年01月11日(火)17時35分

 ニューズウィークには、時たまユニークな話題が掲載されて、読む者の視野を広げてくれます。本誌日本版1月12日号に「ユダヤ教の聖典はビジネス虎の巻?」という記事が出ています。

 中国人に、「ユダヤ教を信仰している」と話すと、「とても頭がよくて、ビジネスにたけているんですね」という反応が返ってくるというのです。ということは、この記事の筆者はユダヤ人(ユダヤ教徒)なのでしょうね。

 中国では、「ユダヤ教を金銭的成功の源」と見る人が多いため、ユダヤ教の聖典タルムードにあるビジネスの奥義を説くという種類の書籍が続々と出版されているそうです。

 ユダヤ人を「金儲けの達人」と見る中国人。ただし、この記事の筆者によれば、それは「強欲といった紋切り型のユダヤ人像を生み出した欧米の宗教的な敵対心とは無縁だ」というのです。19世紀半ばから上海など中国で財を成した外国人の多くがユダヤ人だったからだそうです。はてさて、本当にそうなのだろうか、という疑問が出てきます。日本国内でだって、「ユダヤの商法」という類の本がベストセラーになったことがありますが、日本で成功した外国人の多くがユダヤ人だったという話は寡聞にして知りません。「強欲」という紋切り型のイメージが「欧米の宗教的な敵対心」であることは確かでしょうが、「ユダヤ人はビジネスで成功することが多い」というイメージは、中国のみならず、世界各地に広がっているのではないでしょうか。

 その理由は、いろいろでしょう。欧米で宗教的に差別されることが多かったから、子弟の教育に力を入れ、ビジネスに刻苦して成功を収めた人が多かったことも確かでしょう。そうした後世の社会的背景を考えず、「ユダヤ人には金持ちが多い。きっと聖典に極意が書いてあるのだろう」という短絡的な発想を持ってしまう人が多いというところが笑えます。

 ただし、この記事の筆者にとってタルムードは常識でしょうから、改めての解説がありません。これは、ユダヤ教のことを詳しくは知らない人が多い日本の読者には不親切ですね。「ユダヤ教の聖典」といっても、日本で一般的に知られているのは、キリスト教から見た『旧約聖書』つまり『律法』(トゥーラー)の方だからです。

 タルムードとは、律法とは別に、神がモーゼに伝えたとされる内容をまとめたもので、「口伝律法」とも呼ばれます。2世紀から6世紀にかけてまとめられました。ユダヤ教徒が守るべき生活習慣などがまとめられています。ユダヤ教徒すべてが聖典として認めているわけではありませんが、多くの派が聖典として扱っています。

 ただ、「タルムードをビジネスの奥義が学べる文献と見なす動きは無害とは言えない」と筆者は書きます。筆者にとって宗教上の聖典が、「金儲けの聖典」として扱われるのは、きっと不愉快なのでしょう。

 この記事からは、ユダヤ人であるらしい筆者の、ユダヤ教徒としての誇りと、曲解されることへの恐れとが読み取れます。こんな記事の読み方もできるから、「ニューズウィーク」は貴重な雑誌なのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国防総省、イランで数週間にわたる地上作戦を準備=

ワールド

日曜●アングル:トランプ氏製造業政策の「光と影」、

ワールド

再送フーシ派がイスラエル攻撃、イエメンの親イラン武

ワールド

再送-UAEのアブダビで5人負傷、火災も発生 ミサ
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?...「単なるホラー作品とは違う」「あの大作も顔負け」
  • 4
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 9
    ウィリアム皇太子が軍服姿で部隊訪問...「前線任務」…
  • 10
    「酷すぎる...」ショッピングモールのゴミ箱で「まさ…
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story