コラム

ゴールドマン叩きへの疑問

2010年05月11日(火)16時47分

アメリカの金融大手ゴールドマン・サックスが、米証券取引委員会(SEC)によって詐欺の疑いで提訴されました。

このニュース、日本国内では、新聞の経済面に小さく掲載された程度で、詳しい報道がほとんどありません。本誌5月5日・12日号は、これについて、2つの論評を掲載しています。これを読めば、何が問題なのか、よくわかります。

こういう解説が、本当は求められているのに。日本のメディアは何をしているのか、と慨嘆したくなります。

ゴールドマン・サックスが提訴された理由のひとつは、2007年、サブプライムローンの債権を証券化した債務担保証券(CDO)をドイツの金融大手IKB産業銀行に販売した際、CDOが値下がりすることを「知っていた」のに販売したというものです。

 これについて、ファリード・ザカリア国際版編集長は、お門違いだと批判しています。

 金融商品の売買は、「値上がりする」と考えている人以外に、「値下がりする」と考えている人がいるからこそ成立する。CDOが売れたのは、一方でCDOが値下がりすることに賭けている人がいたからではないか、という指摘です。

 ある商品が「値上がりする」ことに賭けたい人と、「値下がりする」ことに賭けたい人を見つけて引き合わせるという、賭けのブックメーカーの役割をゴールドマン・サックスは果たしていたに過ぎない。お互いさまだ、というわけです。

 世間の空気を読んで論評することが求められる日本と違って、こういう一見"暴論"めいた論評でも掲載されるのが、この雑誌のいいところです。

 ザカリア編集長は、こう言います。

「多くの人の目から見て、ウォール街の金融機関のある種の行動がいかがわしい、あるいは倫理に反すると思えたとしても、その金融機関が法を犯したかどうかは別問題だ」

 日本には、「けしからん罪」が存在すると言われます。法律に違反しているかどうか定かでなくても、世間が「けしからん」と考えると、社会的に抹殺されたり、東京地検特捜部が出動したりする、というわけです。

 アメリカのSECがゴールドマンを提訴したのを見ると、アメリカにも「けしからん罪」があるのだと気づかされます。でも、それを真正面から批判する言論が存在していることに、私は救いを感じます。

 一方、マシュー・フィリップス記者の論評も、ザカリア編集長と同じく、プロとプロの売買だからお互いさま、というニュアンスの記事になっていますが、最後が強烈です。

 CDOを販売した金融機関を麻薬の密売人、買った顧客を麻薬の常用者にたとえた話を紹介した上で、こう結んでいます。

「だがアメリカの法律では通常、麻薬を買った人間より売った人間のほうが重い罰を受ける」

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story