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コラム
池上彰Newsweek斜め読み
再び起きた「カチンの悲劇」
「長年隠されてきたこの事件に世界の注目が集まったのは、70年前の虐殺事件でポーランドの大統領が事故死したおかげだったのは皮肉なことだが」
と書かれた記事は、本誌日本版4月28日号です。「この事件」とは「カチンの森事件」のことです。
第2次世界大戦中の1940年、ソ連の捕虜となっていた2万2000人ものポーランド人将校らが、ロシア領内のカチンの森で殺害されました。手を下したのは、KGB(ソ連国家保安委員会)の前身のNKVD(内務人民委員部)。もちろんソ連の独裁者スターリンの命令によるものです。ポーランドを背負って立つであろう人材を根絶させておこうという恐るべき判断でした。
虐殺された遺体を発見したのは、当時のドイツ軍。ドイツがこれを公表すると、ソ連は、「ナチスドイツの仕業だ」と平然と反論したものです。
第2次世界大戦後、ソ連圏に組み込まれたポーランドは、この事件を口に出すことができないままでした。そのこともあり、「カチンの森事件」は、日本国内ではほとんど知られていませんでした。
4月10日、この虐殺事件の追悼式典出席のため現場に向かっていたポーランドの政府専用機がカチンの森付近に墜落。カチンスキ大統領ら97人が死亡しました。本誌の指摘通り、この墜落事故により、「カチンの森」の史実を初めて知った人も多いことでしょう。実に皮肉な悲劇が起きたのです。
「カチンの森」については知っていた私も、本誌の記事で初めて知ったことがあります。事件当時、ポーランド亡命政府の首相だったシコルスキが、1943年に謎の飛行機事故で死んだことです。「シコルスキはポーランドの公人として初めて、カチンの森事件についての説明をソ連に求めた人物だった」というのです。「謎の飛行機事故」。何かを想像させる表現です。
今回の悲劇の事故前、ロシアのプーチン首相は、ポーランドのトゥスク首相と共にカチンの森事件の慰霊碑の前に立ち、初の合同追悼式に出席しています。このことは日本の新聞でも報じられ、私はてっきり、この場でプーチン首相がロシアを代表してポーランド人民に謝罪したのだろうと勝手に思い込んでいました。ところが、この記事によれば、「プーチンは謝罪をしなかった」というのです。
自国の歴史の暗部に向き合うことが、いかにむずかしいことかを痛感させます。それでも、事件自体を否定していたソ連の時代に比べれば、はるかに前進ではあるのですが。
ポーランドは、かつてナチスドイツとソ連に密約により、国土を分割されるという悲劇にも見舞われました。にもかかわらず、ポーランドとロシアの首脳が合同追悼式に出席するようになっただけでも、「歴史の進歩」と受け止めるべきなのか。
あらためて現代史の暗部を深く知りたい。そんなことを感じさせてくれる記事でした。
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