コラム

なぜ人手不足なのに賃金が下がるのか

2015年05月14日(木)18時37分

 これまで日本の自然失業率は3.5~4%といわれていたので、3.4%という水準はかなり低い。これは循環的要因に加えて、構造的な要因に変化が起こったためと考えられる。5月の日銀の展望レポートでも、構造失業率(自然失業率)を3~3.5%と推定しているので、失業率はまだ下がる余地がある。

 自然失業率が下がった第一の原因は、労働力人口(15~64歳)の減少である。特に2010年代に入って団塊の世代が大量に退職したため、労働力人口は2013年には1.4%、14年には1.5%と大幅に減った。失業者は労働力人口と雇用者の差だから、「労働力人口の減少で失業率が下がる」というのは長期的には正しい。

 ところが労働力人口は減ったのに、実際に働く雇用者は増えている。今年3月の雇用者数は前年比0.6%増である。その最大の原因は、図のように正社員の比率が下がったことだ。正社員の数は好不況にかかわらず減っているが、その代わり非正社員(主として主婦のパート)が増えたために雇用者が増えたのだ。

 つまり雇用が改善した最大の原因は、非正社員の増加による自然失業率の低下だと考えられる。これは労働市場が流動化したということだから、雇用が増えても実質賃金は上がらない。自然失業率は労働需要と供給の一致する均衡水準なので、失業率がその水準に達するまで平均賃金は下がるのだ。

 失業率が下がったのはいいことだが、それはアベノミクスのおかげではなく、こうした労働市場の構造的な変化によるものだ。非正社員の比率は37.6%まで上がり、正社員との賃金格差が拡大している。これを雇用規制の強化で止めることはできない。規制を強化した民主党政権のもとでも、正社員は一貫して減っている。

 国会でも労働者派遣法の審議が始まったが、いまだに民主党などの野党は「規制強化で正社員を増やす」という発想で派遣労働の規制緩和に反対している。それは政府がこういう労働市場の変化を無視して「アベノミクスで賃上げを起こす」というのと同じぐらい滑稽な話である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご

ワールド

中国、EU産ブランデーの反ダンピング調査を再延長
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story