コラム

少子化の原因は「性差別」ではなく厚労省にある

2014年06月25日(水)17時33分

 安倍政権の打ち出した「成長戦略」には見るべきものがほとんどないが、意外に海外に受けがいいのが「ウーマノミクス」と呼ばれる女性の活用策だ。安倍首相を「右翼」ときらうアメリカの友人も、これだけは評価する。彼らが「日本もついに女性の権利にめざめた」と評価するのが、先週の東京都議会のヤジ事件だ。

「東京都の第一子出産年齢が32歳と高い」と質問した塩村文夏都議に対して「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などのヤジが飛んだ。これにネット上で批判が集中し、ヤジを飛ばした議員が謝罪した。それだけの話だが、CNNなど多くの海外メディアが速報し、塩村議員は外国特派員協会にまねかれて講演した。CNNはこう報じている。



 日本の職場では、性差別が当たり前だ。日本の女性が結婚・出産よりも仕事を続けることを選ぶために出生率が低下していると懸念されている。安倍首相はこの職場のギャップを「ウーマノミクス」で埋めようとしているが、依然として男性が管理職の地位の多くを占め、賃金も高い。

 そしてCNNは「日本の女性の賃金は男性より30%低く、中央官庁の幹部職員のうち女性はわずか3%だ」と日本のsexismを批判している。彼らは日本の中央官庁で働く女性に取材したこともないのだろうが、私は一緒に働いたことがある。彼女たちが役所を高く評価するのは、性差別がほとんどないことだ。悪評高い深夜の残業も男女の別なくやらされ、賃金も昇進も差別はない。

 それなのに管理職に女性が少ない原因は単純である。官民ともに長期雇用が昇進の前提になっているからだ。次の図のように、勤続年数15年以上の男性の比率は25年前からほとんど変わらないが、女性は最近増えたとはいえ、そのほぼ半分である。15年未満でやめる人は、まず管理職にはなれない。

勤続15年以上の労働者の男女別比率(%)出所:男女共同参画白書

nwj.png

 この原因は性差別ではなく、長期雇用・年功序列の雇用慣行にある。経済環境が変わる中で長期雇用を維持しようとすれば、転勤や配置転換をするしかない。勤務地が変わると、夫婦のどちらかが会社をやめる。普通は妻がやめるが、彼女が大卒総合職であっても、いったん出産退職すると再就職はパートしかない。これが女性の賃金の低い原因だ。

 つまり結婚・出産が高齢化する原因は、日本の「男尊女卑」の伝統ではなく、こんな時代遅れの雇用慣行を規制で維持する労働政策にあるのだ。私の知人には外資系企業に勤務する女性もいるが、こういう悩みは聞いたことがない。出産して子供が大きくなったら、また元のようなキャリアに復帰でき、収入があればベビーシッターを雇えるからだ。

 海外メディアではそういう雇用慣行が当たり前だから、日本の女性の状況を性差別と短絡するのだろうが、それは偏見だ。彼らにとっては自明の「どんな労働者も年齢を問わず職につける」という機会均等の条件が満たされていないことが、日本女性のハンディキャップになっているのだ。

 おまけに保育所の定員が足りず、4万人以上の待機児童が発生している。特に出産直後のゼロ歳児を預かる施設がほとんどないため、働く女性にとって出産はキャリアの終わりを意味する。これは10年以上前から問題になっているが、厚生労働省は保育所を増やさない。保育所は補助金で運営される計画経済だから、需要に応じて供給できないのだ。

 こういう厚労省の家父長的な政策を変えないで、ウーマノミクスと称して幹部の女性比率を増やすなどの「結果の平等」を強制しても、公正な社会はできない。少子化を防ぐために必要なのは、性別も年齢も問わず優秀な人材が重要な仕事につける自由な労働市場と、働く女性を支援する制度である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

川崎重社長、防衛事業の売上高見通し上振れ 高市政権

ワールド

米16州、EV充電施設の助成金停止で連邦政府を提訴

ワールド

中国最新空母「福建」、台湾海峡を初めて通過=台湾国

ワールド

ウクライナ安全保証、西側部隊のロシア軍撃退あり得る
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story