コラム

「脱原発」と「脱成長」で若者に未来はあるのか

2014年01月29日(水)11時09分

 東京都知事選挙は、世代間戦争の様相を呈してきた。76歳の細川元首相は「脱原発」だけではなく「脱成長」と言い出し、72歳の小泉元首相は「代案は出さない」と公言している。彼らの主張は、ある意味でわかりやすい。原発は理屈抜きにきらいなので、それをやめることが政策のすべてで、それを決めてから他のことを考えようというのだ。

 もちろん東京都知事に原発を止める権限はないが、そんなことはどうでもいい。エネルギーが足りなくなれば、「脱成長」で耐乏生活をすればいい。日本の人口は2050年に約9500万人、2100年には4700万人と江戸時代ぐらいになる。経済規模も江戸時代のように縮小して、のんびり「心豊かな生き方」をしよう――というのが細川氏の提案である。

 しかしこの話は逆である。何もしなくても人口減少でGDP(国内総生産)は増えないのだから、人口減を補う成長をすれば、しても一人あたりGDPは横ばいぐらいにとどめることができる。しかし原発を止めて毎年3兆円以上の貿易赤字を出し続け、エネルギー価格が上がって成長が止まると個人所得も減る。

 人口の構成比を考えると、問題はさらに深刻だ。今まで日本経済を支えてきた世代が引退して年金生活者になり、それを支える現役世代が減る。実は、これから高齢化がもっとも急速に起こるのは大都市圏である。東京圏では2035年までに65歳以上の人口は人口の32%を占めると予想されている。これは現在の島根県より高齢化率が高く、現役世代2人で高齢者1人を養う計算だ。

 今の社会保障を維持すると、財政負担は25年間で2倍以上になり、負担(税・社会保険料)は50%以上になる。つまり可処分所得は半分になる。こんな負担は維持できないので、年金給付を削減する必要があるが、社会保障の削減には高齢者が反対するので、結局は都市のインフラ整備などを減らすしかない。つまり将来世代は、今より少ない所得で、今より貧弱な公共サービスを受けるのだ。

 もちろん、そのころには細川氏も小泉氏も生きていないので、彼らの政策は合理的だ。実際に投票する有権者の半分は60歳以上なので、選挙戦術としても賢明である。資産25億円の細川氏にとっては「腹七分目」で十分だろう。

「貧しくても心豊かに生きればいい」という細川氏のイメージは、年収2000万円の人が1500万円になるようなことを想像しているのかもしれないが、日本の平均賃金は約300万円で、このところほとんど増えていない。所得が増えない中で税や社会保険の負担が増えたら、まじめに働くより生活保護で暮らそうと思う人が増えるだろう。

 増えるのは税・社会保険料だけではない。細川氏のいうように「原発即ゼロ」にしたら、電気代は大幅に上がり、いま一世帯あたり年10万円ぐらいの電気代が20万円とか30万円になるだろう。細川氏のような大富豪にとっては大した負担ではないが、電気代は所得に関係なく取られるので、年収300万円の人が30万円の電気代を払うのは10%の負担である。つまり電気代は、所得の低い人ほど負担の重くなる逆進的な税なのだ。

「欲張りな資本主義をやめて成長をあきらめよう」という細川氏の話は、観念的に語っている限りは美しくみえる。しかし「脱成長」の時代は、現役世代は貧しくなる上に負担が重くなる一方、高齢者は払ったより多くの年金をもらう「格差の時代」である。いま生まれた子供と60歳以上の高齢者の、生涯の負担と受益の差額は1億円近く違う。何もしなくても貧しくなる日本で、細川氏と小泉氏は人々をさらに貧しくしようとしているのだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

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