コラム

安倍首相の「ウーマノミクス」が本物かどうかの試金石

2013年10月01日(火)13時25分

 9月26日の国連総会演説で、安倍首相が「ウーマノミクス」という聞き慣れない言葉を使った。これはゴールドマン・サックスのキャシー松井氏が提案した言葉で、「日本の女性という最も活用されていない資源をさらに開発するだけで、日本の国内総生産(GDP)は最大で15%も増加し得る」という。安倍氏はウォールストリート・ジャーナルにこう書いている。
 


われわれは2020年までに女性の労働参加率を現在の68%から73%に引き上げるという目標を定めた。日本の女性の賃金は、男性の賃金と比較すると平均で30.2%も低い(米国での格差は20.1%、フィリピンではわずか0.2%)。われわれにはこの格差をなくす必要がある。


 この目標に反対する人はいないだろうが、問題はそれを具体的にどうやって実現するのかである。松井氏は、次のような10項目の提案をしている。

    1.著しい規制緩和により、託児所や介護施設の受け入れ人数を拡大し、経済的負担も軽減する。

    2.入国管理法を改正して外国人看護師、介護福祉士、ベビーシッター、家政婦を受け入れ、女性が育児や介護、家事の支援を得られるようにする。

    3.就労を条件とする育児手当の増額。

    4.子育て中の労働者に柔軟な勤務形態の請求権を与え、雇用者にそうした要求を考慮することを義務付ける法律の導入(2003 年に英国で導入されたものと同種の法律)。

    5.賃金、雇用、昇進の面での男女雇用機会均等法の厳密な執行。

    6.既婚女性の就労意欲の妨げとなる税制上の障害の完全な廃止。

    7.公平かつ客観的な評価制度、報酬体系、昇進制度の導入。

    8.柔軟な勤務形態の推進。

    9.雇用者側は人材管理プロセスを適応させ、女性が直線的ではないキャリアを発展させられるようにする必要がある。具体的には、再就職を目指す母親の年齢差別の禁止、各個人に適したより柔軟なキャリア管理プロセスなど。

    10.組織の利益に多様性の推進が不可欠であることを従業員に納得させる。

 どれももっともだが、重要なポイントが抜けている。以前のコラムでも指摘したように、日本の女性が責任ある仕事につけない最大の原因は、「正社員」中心の長期雇用システムで、社員を新卒一括採用する日本的雇用慣行なのだ。

 いったん結婚や出産で退職すると、子供が手を離れて職につこうとしても、スーパーのレジのような仕事しかない。このため、キャリアをめざす女性は会社をやめないで結婚も出産もしない一方、大多数の女性はパートタイマーになる。

 しかも日本の税制では、年収103万円以下だと「被扶養者」として所得税が課税されず、夫の給与から配偶者控除が受けられる。さらに年収130万円以下だと社会保険料を納めなくても年金受給資格が得られる。つまり日本の税・社会保険は妻が103万円以上働いたら損する制度になっているのだ。

 これはキャシー松井氏のように(たぶん)年収2000万円を超えるスーパーキャリアウーマンにとっては問題ではないだろうが、日本の非正社員の平均年収は168万円である。がんばって働いて税金や社会保険料を取られるより、100万円以下のパートで夫にぶら下がったほうが得なのだ。

 この制度については、民主党政権でも「女性の社会進出を阻害する」として廃止が検討されたが、結局うやむやになった。特に年金保険料を納めないで受給資格をもつ女性がその既得権を失う影響が大きいため、今さら変えられないのだ。安倍首相が本気で女性の活用を実現するつもりなら、この税制と年金制度を変えてほしい。それが彼の「ウーマノミクス」が本物か、単なるリップサービスかの試金石である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story