コラム

「池の中の鯨」になった黒田日銀はうまく泳げるのか

2013年04月09日(火)19時01分

 黒田東彦総裁が就任して初の金融政策決定会合が4日行なわれ、日銀は2014年末までに270兆円の資金供給を行うことを中心とする大規模な「質的・量的緩和」を発表した。長期国債を買い続けて「資金量を2年間で2倍にして2%のインフレ目標を実現する」という黒田総裁のプレゼンテーションは市場に強いインパクトを与え、為替は一挙に2円もドル高になり、日経平均株価は1万3000円台に乗せた。

 しかし今後この「2年で2倍で2%」の大規模な金融緩和が実行されると、何が起こるだろうか。資金量を倍増する手段として黒田総裁は、長期国債を中心に毎月7兆円以上の国債を購入するという。これは2013年度の国債発行額120兆円の7割近くを日銀が買うことになる。他にもETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)などのリスク資産を年間数兆円規模で買うという。

 しかも今までは3~5年物の国債までだったのだが、今後は10年物も買うという。これは従来の(金利ゼロの)短期国債を買う「買いオペ」とは違い、日銀が市場参加者として金利リスクを取る「投資」である。これまで国債市場では、主として国内の金融機関が毎月ほぼ数百~数千億円ずつ買っていたが、毎月7兆円も買う日銀は「池の中の鯨」のような存在になり、その動向で長期金利は大きく動くだろう。

 案の定、翌5日の債券先物市場では、10年物の長期金利が0.315%に低下したあと0.62%に急上昇する大混乱となり、売買を一時停止するサーキット・ブレーカーが2度も発動された。中央銀行がこのように市場に介入することは望ましくないというのが伝統的な金融政策の考え方だが、2008年の金融危機以降は、FRB(米連邦準備制度理事会)などがリスク資産を買う「非伝統的金融政策」が世界各国で行なわれ始めた。

 しかしリスク資産を買うと、金利が上昇(国債が値下がり)したとき、巨額の評価損をこうむる。いま日銀の保有している国債残高は120兆円だが、それが1割下がっただけで12兆円の損失を出す。日銀の資本金は5兆円しかないので、最悪の場合は債務超過になることもありうる。

 日銀は普通の銀行とは違うので、債務超過になっても一般会計から補填してもらえるが、これはわれわれの払う税金である。つまり日銀が大量にリスク資産を買うということは、納税者の金でギャンブルをすることなのだ。政府債務が1000兆円を超える状況で、このような低金利で国債が消化されているのは、民間銀行が「金利が上がっても日銀が買い取ってくれるだろう」と安心しているからだ。

 しかし金融危機は、いつも思わぬ所からやってくる。今アメリカでは株価が史上最高になり、REITが激増するなど、株式・不動産バブルの兆候が見えており、議会(特に共和党)から「FRBは量的緩和をもうやめろ」という圧力がかかっている。もしFRBが量的緩和を終結すれば、アメリカの金利が急上昇する可能性もある。するとドル高・円安が急激に進み、日本の長期金利も急上昇(国債は暴落)するかもしれない。

 ところが日銀は2%のインフレ目標を約束しているので、それが実現するまで緩和(国債の購入)をやめられない。だから民間銀行が暴落した国債を日銀に売って逃げると、日銀が莫大な評価損を抱え込む。このとき政府は日銀を救済できるだろうか。もし長期金利が2%上がると、国債費は長期的には20兆円以上も増え、消費税を10%上げなければならない。こうなると日銀が「輪転機をぐるぐる回して」財政支出をまかなうハイパーインフレが起こる可能性もある。

 もちろんそんな事態が急に来るとは思えないが、今の莫大な政府債務が維持されているのは、デフレによる低金利のおかげである。したがってデフレ脱却と財政再建は矛盾するのだが、わざわざインフレにしようとする黒田総裁は、今のような超低金利が永遠に続くと錯覚しているのではないか。池の中で鯨が暴れると水があふれてなくなり、日本経済が枯れてしまう可能性もあるのだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story