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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
雇用改革は「閉じた社会」から「開かれた社会」への変化だ
民主党政権ではタブーだった「解雇規制」という言葉が、国会で出て来た。産業競争力会議などで解雇規制の緩和を求める声が出ていることについて、安倍首相は25日の参院本会議で「成熟産業から成長産業へ失業なき円滑な労働移動で対応していく。雇用支援策を雇用維持型から労働移動支援型へシフトさせていく」と答弁した。参院選までは安全運転に徹していた安倍氏が、雇用規制の見直しを国会で表明したのは初めてだ。
労働市場の規制改革は、アベノミクスの「3本の矢」の3本目の成長戦略の柱だが、政治的に微妙な問題であるためか、いまだに具体策が出ない。その中で、経済同友会の長谷川閑史代表幹事(武田薬品社長)が雇用規制について積極的に発言している。これは積み残されてきた雇用規制が、残された最大のボトルネックになっているからだろう。
この種の問題は、私も2009年に出した『希望を捨てる勇気』でも論じたが、当時は「弱者切り捨て」だとか「格差拡大」だとかいう反発が強かった。これには誤解も多く、法的な意味では日本の解雇規制はそれほど強くない。中小企業の雇用契約はかなり自由で、非正社員の規制はほとんどないので、人員整理はよくも悪くも容易だ。
問題は大企業である。労働契約法で「解雇権の濫用」が禁じられ、「整理解雇の4要件」などの判例で、整理解雇は不可能に近い。しかし裁判に持ち込まれるケースは例外的で、ほとんどは希望退職の募集である。これは自己都合退職なので、解雇規制とは関係ない。外資系企業では、一定の退職パッケージを提示して人員整理するのが普通で、これは日本企業でもやろうと思えばできる。
しかし日本では、こういうドライな退職交渉ができない。辞めた社員の行く先がないからだ。失業保険はあるが、職安(ハローワーク)ではホワイトカラーの仕事はほとんど見つからない。ヘッドハンターで再就職を見つけるのも、外資ではくわしい職務経歴書を書くので、専門的技能が明確だが、日本の会社で「営業部長をやりました」といっても何の技能にもならない。
つまり雇用不安の本質は日本人の働き方の問題で、法改正だけではどうにもならないのだ。日本では、企業が「家長」の生活を(年金も含めると)死ぬまで保障し、その代わり彼は長時間労働も配置転換もいとわないで、身を粉にして働く。辞令ひとつで、世界のどこへでも行かなければならない。女性はその「銃後」として世界中どこでもついて行かなければならないので、彼女のキャリアは考慮されない。
だから女性は大学を出て総合職になっても、一旦やめたらスーパーのレジぐらいしか仕事がない。日本の非正社員の半分以上は主婦のパートであり、しかも正社員と非正社員の賃金は時給に換算すると2倍以上ちがう。これも戦後、一貫して変わらない。つまり日本の非正社員の問題は、世代間格差というよりインサイダー・アウトサイダー格差といったほうがいい。
このように正社員を特権的存在として人生を保障するシステムは、高度成長期にはうまく機能したが、企業の成長が鈍化して社員が高齢化すると、もうコストがまかなえない。だから企業にできない約束をさせるのはやめ、個人の人生は自分で守るシステムに変えるしかない。これは長谷川氏のような経営者だけではなく、労働者にとっても大事なリスク管理である。
これを「解雇規制の自由化」といった言葉で語るのは間違いのもとだ。本質的な問題は解雇規制ではなく、正社員以外のアウトサイダーを排除する閉じた社会から、契約社員や派遣社員や中途採用などの多様な働き方を認め、正社員という身分差別を廃止して開かれた社会に変えることだ。定員割れしている大学も、職業訓練の場として改革する必要がある。
明治維新の原動力は、全国300の藩の閉じた社会で差別されていた下級士族が、「勤王の志士」として藩や身分の違いを超えて連帯したことだった。「開国」とは単に外国と貿易する国のことではなく、西郷隆盛や福沢諭吉のような下級士族でも能力があれば活躍できるオープンな国のことである。
黒船という外圧は、江戸時代に「凍結」された武士の戦闘者としてのエネルギーを「解凍」し、日本を開かれた社会に変えたのだ。この意味でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)は、日本で長く凍結されてきたノマド(遊動民)のエネルギーを解凍して、開かれた社会に変えるチャンスである。
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