コラム

円安・株高で新たな「バブルの物語」は生まれるか

2013年02月05日(火)16時14分

 日経平均株価は2年9ヶ月ぶりに1万1000円を突破し、為替は1ドル=92円台に乗って、市場は久しぶりに活気を取り戻している。この円安は「アベノミクス」のおかげだと思っている人が多いようだが、次の図のようにユーロ高が始まったのは昨年9月、ドル高が始まったのは10月である。

日経平均株価(赤)とドル/円(緑)とユーロ/円(青)Yahoo!ファイナンス調べ
chart.gif

 これはECB(欧州中央銀行)が8月に南欧諸国の財政支援を約束したことがきっかけで、リスクを避けて円に逃避していた「リスクオフ」の資金が欧米に戻ったためといわれる。自民党の安倍総裁が激しく日銀にインフレを迫り始めたのは11月16日の衆議院解散のあとだから、むしろこのユーロ高・ドル高の波に乗ったものだ。

 株価も世界的にみると、1月に入ってアメリカのダウ工業平均は7.5%と上がって史上最高値に迫っている。日経平均の7.2%はそれほど突出した上昇率ではなく、今までの出遅れを取り戻したものと見たほうがいい。東証上場企業のPBR(株価純資産倍率)は平均1.2倍で、これがアメリカの2.4倍に近づくだけでもかなり上昇の余地がある。

 問題は株価ではなく、企業業績がいいのかということだ。東証1部上場企業の平均ROE(株主資本利益率)は7.7%で、アメリカの15%の半分である。輸出企業は今回の円安で業績が改善すると予想されるが、日本はすでに貿易赤字国であり、ドル建ての輸入増の悪影響のほうが大きい。特に年間20兆円の化石燃料のドル建て輸入額は、ここ3ヶ月で20%近く上がっており、これだけでGDP(国内総生産)の1%近くが吹っ飛ぶので、上場企業全体ではいい材料とも限らない。

 このように実体経済をみると株価がこれほど急上昇する材料はないのに、株価が上の図のようにユーロとほぼパラレルに上がっているのは為替要因が大きい。東証の最大の投資家は外国人であり、彼らにとっては、日本企業の業績が大したことなくても、円が2割も下がればドル建てでは割安になるので、買っておいて損はないのだ。つまり今の株高は円安による金融相場である。

 このように実体経済がよくなっていないのに、株価が上がるのは危険信号である。1980年代の後半にも、消費者物価指数は平均1.3%しか上昇しなかったのに、日経平均株価は3.3倍になった。このとき日銀はバブルを警戒したが、当時の日銀は大蔵省の下部機関だったので、「円高不況」の対策として、地価と株価が急騰している1987年に公定歩合を史上最低の2.5%まで下げ、これがバブルの原因になった。

 では、これから80年代のような株価・不動産のバブルは起こるだろうか。私は起こらないと思う。実はバブルには金余りだけではなく、物語が必要だからである。80年代
には「日本企業が世界を制覇した」という物語がメディアで語られ、「これからはストック経済なので、企業業績よりも資産価値を見るべきだ」といった話を証券会社がかつぎ回った。

 国土庁が「東京のオフィス・スペースは今の2.5倍必要だ」という報告を発表し、それによって地価が上がると企業の資産価値が上がるので、業績の悪化していた重厚長大企業が「内需関連株」として買われ、企業がその不動産を担保にして銀行の融資を受けて「財テク」で株式を買う......というように地価と株価がスパイラル状に上がった。しかし企業収益はあまり改善しなかったので、インフレは起こらなかった。

 ところが日銀がバランスシートを2倍近くに膨張させた2000年代の量的緩和では、多くの人がバブルを心配したが、何も起こらなかった。これは日本経済が長期停滞に入って物語が生まれなかったためだ。その代わり「ゼロ金利の円で借りてアメリカに投資すれば確実にもうかる」という物語が生まれ、「ミセス・ワタナベ」と呼ばれる個人投資家が大挙してFX(外国為替証拠金取引)に参加した。このときは「ハイテク金融技術でリスクはすべてヘッジされる」という物語が住宅バブルを生んだのだ。

 これから日本で成長物語を生み出すことは、残念ながらむずかしい。前の安倍政権のころの円安局面とは違って、今の日本は人口が減少して貿易赤字を抱える老大国なので、「インフレ期待」をいくら起こしてみたところで、実体経済が改善しなければバブルさえ起こらないだろう。必要なのはインフレではなく、労働生産性を高めて潜在成長率を上げる地道な改革である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

MUFG、印ノンバンクに40億ドル以上出資へ=関係

ワールド

訪日客11月は10.4%増、紅葉で好調続く 中国は

ビジネス

日経平均は反発、米雇用統計通過で安心感 AI関連も

ワールド

ブラジル中銀、金利据え置き戦略は適切と現時点で結論
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story