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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
過剰セキュリティの「マイナンバー」で電子政府は無用の長物になる
消費税法案は国会で紛糾しているが、それと一体で決まった「マイナンバー」(国民共通番号)法案は、すんなり閣議決定された。消費税が難航しているので今国会で成立するかどうかは不透明だが、かつて住基ネット(住民基本台帳法ネットワークシステム)が「国民背番号」として批判されたのとは大違いだ。これで「電子政府」は実現するのだろうか?
マイナンバーという一般的な名前になっているが、この制度の最大の目的は納税者番号である。主要国で納税者番号のない国は日本ぐらいしかなく、「クロヨン」などと呼ばれるように所得の捕捉率が低く、不公平の原因になっている。特に消費税の逆進性を緩和するために所得税の還付などを行なう場合、所得が正確に把握できないと事務が膨大になるため、共通番号は不可欠である。
それはいいのだが、今回の制度はこれを超えて政府のすべての手続きにマイナンバーを使わせ、しかもICカードによる本人確認を義務づける。このように厳格な本人確認をあらゆる手続きに求めると何が起こるかは、一足先に始まったe-Tax(電子申告・納税システム)がよく示している。
e-Taxは導入から8年たっても利用率が半分に満たず、特に個人納税者の利用率は15%程度だ。その最大の原因は、本人確認のために住基カードを義務づけていることだ。このためカードリーダーを買って複雑なソフトウェアをインストールしないと申告できない。電子商取引で送金する場合でもICカードなど必要ないのに、なぜ単なる納税申告にそんな厳格な認証が必要なのだろうか。
海外では、コンピュータから納税者番号とパスワードを入れて申告するのが普通である。日本でも紙で納税するときは三文判でいいのに、電子納税だけこのように厳格な手続きが決まったのは、かつて住基ネット騒動で「個人情報が漏洩する」などと騒ぐ人々がいたためだ。そのとき反対運動でつるし上げられたことが官僚のトラウマ(心的外傷)になり、個人情報に過剰セキュリティを求めたのだ。
おかげで、すべての行政手続きに住基カードが求められ、これが障害になって行政の電子化が進まない。たとえば外務省のパスポート電子申請システムは、利用者がほとんどいないために廃止された。この他にも政府関係の電子手続きは異常に複雑で、利用者が少ないため、結果的には紙と電子の両方の事務が必要で、行政の合理化につながらない。
解決策は簡単である。住基カードをやめればいいのだ。私になりすまして納税申告する人などいないのだから、インターネットで名前とパスワードを入力するだけで十分だ。パスポートは取りに行くとき本人確認するのだから、申請のとき本人確認する必要はない。このように本人確認は用途に応じてさまざまなレベルがあり、一律にICカードを義務づけると、e-Taxのように失敗することは確実だ。
今回の共通番号システムは、行政手続きを簡素化しないで各省庁のバラバラのシステムを丸ごと電子化するため、恐ろしく複雑な史上最大の情報システムになる。これを受注するのは、各省庁に出入りするITゼネコンと呼ばれる大手ベンダーだ。彼らは既存のシステムに独自に建て増しするので、海外や民間のシステムとも互換性のない「ガラパゴス」型だ。今のままでは電子政府には数兆円の税金が浪費され、いつ完成するのかもわからない「バベルの塔」になるだろう。
ICカードのような厳格な認証が必要なケースは、銀行の口座開設など、ごく一部に限られる。これはパスポートや保険証でやるよりICカードのほうがいいが、それ以外はEメールのアドレスで十分だ。統一するには、OpenIDなど民間のシステムもある。納税者番号は、インターネットで入力すればいい。用途別に、いろいろなレベルのセキュリティがあっていいのだ。
電子政府は便利で簡素なものにしないと利用されず、紙の行政事務をなくすことができない。重要なことは、役所の都合で過剰セキュリティを求めるのではなく、利用者の目から見て最小限どういう手続きが必要か見直すことだ。そうしないと電子政府は、膨大な税金を浪費して行政事務を紙と電子で二重にやる無用の長物になるだろう。
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