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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
日本は「優雅に成熟した小国」になれるか
8日発表された1月の経常収支は4373億円の赤字となり、比較可能な1985年以降で最大の赤字になった。これは貿易・サービス収支が1兆4747億円の赤字と、前年同月比で1兆円近く落ち込んだ影響が大きい。これには季節的な要因もあるが、欧州の経済危機や円高で輸出が大きく減少し、原発の停止でLNG(液化天然ガス)の輸入が大幅に増えた。
日本は「輸出立国」というイメージがあるが、貿易収支の赤字はそれほど珍しいことではない。特に昨年の東日本大震災以降は、ほぼ毎月のように貿易赤字が続き、図のように昨年は通年で初めて赤字になった。それ以前も、最近は貿易収支より所得収支(海外の子会社や証券からの収益)の黒字のほうが大きいのだ。
これは日本の集中豪雨的な輸出が世界を震え上がらせた1980年代と比べると、対照的だ。当時は所得収支(貿易外収支と呼んでいた)はきわめて小さかったのだが、2000年代のなかばから逆転し、経常収支の黒字は2007年が史上最高だった。これは日本が成熟し、輸出で稼ぐ国から海外生産で稼ぐ国に変わったということだ。
所得収支は伸びているので、経常収支の赤字は震災などの一時的な要因によるものだろう、と財務省は楽観的に解説しているが、貿易赤字は続く可能性がある。その原因は、アジアの新興国の市場が大きくなる一方、労働生産性が上がって、国内で生産するより海外生産したほうが低コストになったからだ。
最近のソニーやパナソニックやシャープの赤字、エルピーダメモリの破綻にみられるように、国内に工場をもっていると国際競争に勝てない。この傾向を「超円高」のせいにして、金融緩和でインフレにすれば日本の製造業が息を吹き返すかのような議論は正しくない。いったん出て行った工場は、多少の為替の変動では戻ってこない。日本市場は人口が減少し、どんどん縮小しているからである。
貿易収支が赤字になるのは、必ずしも悪いことではない。これは人間が年をとったら若いときの稼ぎを取り崩して生活するのと同じで、産業資本主義が金融資本主義になると、アメリカやイギリスのように貿易収支が赤字で所得収支が黒字になる。ただ経常収支まで赤字になるのは、日本では望ましいことではない。経常収支は純貯蓄(貯蓄-投資)に等しいので、経常赤字は貯蓄を食いつぶすことになるからだ。
逆にいうと、経常収支の赤字は純貯蓄が減ったためと考えることもできる。高齢化で貯蓄を取り崩す人が増えたため、家計貯蓄率は3.2%と先進国では最低水準になり、これから団塊の世代の引退でマイナスになるとも予想されている。財政赤字をファイナンスするのは国内貯蓄だから、経常赤字(貯蓄不足)が続くと財政赤字が支えられなくなり、長期金利が上がり、最悪の場合には財政が破綻する。
今のように毎年1%ずつ労働人口が減って高齢者が増えると、経常収支も赤字になることは遅かれ早かれ避けられない。貿易黒字を増やすことは望めないので、これからは資産を効率的に運用して所得収支で食っていくしかない。この場合は円は強いほうがよいが、残念ながら日本の経済力が落ちで財政が悪化すると、円は弱くなるだろう。
したがって「空洞化」をそれほど恐れる必要はなく、むしろ円が強いうちに海外投資を進める必要がある。資本主義の祖国であるイギリスも、その後継者であるアメリカも、産業資本主義から金融資本主義に進化して資産大国になった。日本経済が低迷を脱却できないのは、いつまでも高度成長期の経済構造が変わらず、輸出産業に依存しているからだ。
日本の人口は2050年には9500万人、生産年齢人口は5000万人と現在の6割程度になると予想されている。GDPは(世界最大の大国になる)中国の1割ぐらいの小国になる、とゴールドマン・サックスは予想しているが、GDPが増えないことは大した問題ではない。一人当たりGDPは減らないので、優雅に成熟できればいいのだが、それは可能だろうか。
まず必要なのは、急速な変化を避けることだ。一挙に経常赤字になると、需要ショックで不況が深刻化する。今すぐできるのは、原発を再稼働させて昨年2兆円以上も増えた燃料輸入を減らすことだ。次に高い法人税や過剰な雇用規制などを改め、企業の海外移転を減らすことだ。日銀が金融緩和で変化を緩和することも必要だろう。
もっとも重要なのは、財政再建である。今の大きな政府債務を抱えたまま経常赤字になると、財政が破綻して金融システムが崩壊し、成熟を飛び越して一挙に衰退してしまうリスクがある。今のままでは、おそらく10年以内に財政破綻が来るので、金融資産が消滅すると困るのは、年金以外に生活を支える手段のない高齢者である。日本がゆるやかに成熟し優雅に衰退するためには、財政改革が不可欠である。
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