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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
大阪市の橋下市長が日本の教育にたたきつけた挑戦状
昨年、大阪府知事から大阪市長に転身した橋下徹市長が、彼を批判する学者やコメンテーターに論戦を挑んでいる。特に話題になったのが、1月15日の「報道ステーションSUNDAY」での北海道大学の山口二郎教授との討論である。山口氏は以前から橋本市長の政治手法を批判してきたが、これに対して橋下氏が討論を呼びかけたのだ。
番組内容は一方的で、大阪市政の問題点を具体的に指摘した橋下氏に対して山口氏は「選挙に勝ったからといってすべて正しいわけではない」などの一般論に終始し、何も問題点を指摘できなかった。しかしこれによって普段は大阪ローカルでしか話題にならない問題が、全国の注目を浴びた。
「大阪都構想」とともに最大の争点になっているのは、大阪府が議会に提出した「教育基本条例」である(大阪市も同様の条例を実施しようとしている)。これは行政から独立している教育委員会を知事の命令を受ける部局にしようというものだが、府の教育委員は全員、反対しており、文部科学省も「地方教育行政法に違反する」との見解をとっている。
この背景には、教育行政をめぐる根深い対立がある。行政の中で教育だけが委員会という独立した組織になっているのは、終戦直後のGHQ(連合国軍最高司令部)の方針である。これは戦前に軍国主義を支えた教育を政治から独立させるためで、同じ目的で警察も県警本部などの自治体警察に解体され、NHKも独立の特殊法人になり、通信・放送を規制する電波監理委員会が設置された。
しかしこうした独立組織は、その後ほとんど解体された。電波監理委員会は廃止され、警察は実質的には全国を一元化した組織で動いている。教育委員も当初は公選制だったが、自治体が任命する制度になり、実質的には自治体の一部局だが、建て前上の独立性が残っているため、首長がコントロールできない。
しかも教育委員会の事務局員のほとんどは、学校の教師が転勤で派遣される。つまり教育委員会に監視される教師が事務局をやっているのだから、監視できるはずがない。橋下氏によれば「大阪市の教育委員会が平松前市長と意見交換したのは年1回、学校視察は1年に4校程度で1校1時間。こんな教育委員会で、教育行政などできるわけない」という。
さらに教育現場には日教組が強い影響力をもち、教育行政は実質的には文科省と日教組の交渉で決まり、教育委員会は形骸化して学校現場は組合支配でやりたい放題になっている――という橋下氏の批判は、教育現場を多少とも知る人には心当たりがあるはずだ。
教育サービスは日本経済にとってもこれから重要な産業だが、その劣化は深刻だ。この根本原因は、教師にインセンティブがないことだ。教師は長期雇用が保証されて年功賃金になっている点では大企業と似ているが、企業ではどの部署に配置されるかという人事による競争があるのに対して、教師は同じような学校を転勤するだけなので、怠けてもペナルティがなく、努力しても出世するわけではない。大学の教師に至っては、転勤さえないので、怠け放題だ。
これに対して橋下氏が校長を公募するとか、教師を点数で評価して成績の悪い教師を免職するなどの規定が反発を呼んでいるが、大事なことは、命令系統を明確化して教師に競争原理を導入し、努力のインセンティブを与えることだ。受験戦争では熾烈な競争が行なわれているのに、教師だけが競争を拒否するのは筋が通らない。
山口氏は橋下氏の政治手法を「新自由主義」などとと批判しているが、いま日本の教育が直面している問題はそういうイデオロギー対立ではない。教育基本条例をメディアが話題にするのも、国歌斉唱のとき起立しなかった教師を懲戒処分にするといった話ばかりだが、教育サービスにとって最大の問題は(大阪だけではなく全国的な)質の低下なのだ。
日本の未来を支えるのは、若い人材である。今までは企業が社員を丸抱えしてオン・ザ・ジョブ・トレーニング(職場内教育)で育ててきたが、それでは企業の枠を超えた人材は育たない。世界に通用する自由な人材を育てるためには、公教育の見直しはきわめて重要である。
それが規制強化だけで解決できるとは思わないが、山口氏のように「現場の自主性尊重」の名のもとに現状を維持することは何の解決にもならない。自主性を引き出すためにも、努力が報われるしくみが必要である。橋下氏もいうように「人が死ぬわけじゃないんだから、やってみて変えてもいい」のだ。彼の挑戦状を拒否するのではなく、これを契機に教育を考え直してはどうだろうか。
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