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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
支離滅裂な民主党の社会保障政策の奇妙な一貫性
民主党が2009年の総選挙で掲げたマニフェストはほとんど空文化したが、バラマキ福祉に力を入れる点だけはいまだに変わらない。15日開かれた民主党の「社会保障と税の一体改革調査会」の総会で政府が説明した「改革案」は、負担増を先送りした「バラマキのデパート」である。
懸案だった年金支給開始年齢の68歳への引き上げは早々に見送られ、70~74歳の老人医療費の窓口負担を1割から2割にする方針も撤回された。外来患者に1回100円の追加負担を求める制度の来年度からの導入も断念する。かろうじて年金支給額を物価スライドで下げることが決まったのが、ほとんど唯一の負担増である。
中でもあきれるのは、老人医療費である。これは小泉政権で法改正して2割負担にしたものの、その後の政権で凍結され、毎年2000億円を投入して穴埋めしてきた。これを本来の2割に戻すだけなのだが、医師会などが反対したため特別措置を続けることになった。年金支給額がデフレに応じて物価スライドで減るのも当たり前だが、わずか2.5%の引き下げにも民主党内は大騒ぎだった。
負担増を先送りすると、毎年1兆円以上増えている社会保障の「自然増」がさらにふくらむ。その財源は消費増税でまかなおうというわけだ。「一体改革」は、財政タカ派といわれた与謝野馨前経済財政担当相が主導したので勘違いされがちだが、歳入を増やし歳出を減らして財政を再建する改革ではない。それは歳入を増やす一方で歳出も増やし、バラマキ福祉の財源を増税でまかなう政策なのだ。増税の大部分は社会保障に先食いされるので、財政危機はほとんど改善しない。
このように民主党の社会保障政策の最大の重点は、老人優遇策である。この点は、民主党が年金支給年齢の引き上げに合わせて実施しようとしている「定年後の再雇用の義務化」とも共通している。これは高年齢者雇用安定法で「労使協定で基準を決めれば対象者を限定できる」と規定しているのを改め、希望者全員を65歳まで再雇用することを企業に義務づけるものだ。
この政策は高齢者にはやさしいが、老人が職場に居座ると新しい雇用は失われる。定年が実質的に延長されると賃金を払う期間が増えるので、企業は新規採用と賃金を抑制するだろう。その被害を受けるのは、これから就職する若者である。このように目先の利益を優先して長期的な効果を考えないことが、民主党政権のもう一つの特徴だ。
有期雇用についても、厚労省は雇用期間に上限を設け、それを超えたら無期雇用に転換することを義務づける方針だ。これは民主党政権が労働組合の支持を受けて進めてきた政策だが、こういう規制を行なったら何が起こるだろうか。たとえば有期雇用を3年までとし、それ以上は無期雇用にせよという規制ができたら、企業は2年11ヶ月で雇い止めするだろう。これがかつて派遣社員に起こったことである。
厚労省もそういうリスクは認識しているようだが、「まず有期雇用をできるだけ減らす必要がある」という。そういう規制を行なうと、有期雇用は減るが無期雇用は増えない(労働条件は何も改善しないのだから)。つまり有期雇用の規制強化は、最低賃金の引き上げと同じく、失業率を上げる効果をもつ。それは今働いている労働者の待遇を改善するが、新しい職を減らすのだ。
民主党の社会保障政策は支離滅裂に見えるが、高齢者や労働組合の既得権保護と現状維持という点では一貫している。これは政治的には正しい政策である。高齢者や労働組合は大きな票田であり、これから就職する若者は選挙にも行かないからだ。かつて自民党政権は企業や業界団体の既得権を守る党として批判されたが、民主党は立場が変わっただけで本質は変わらない。むしろ選挙に弱い分だけ、政治的圧力に弱い。政権交代しても、日本の政治は何も変わらなかったわけだ。
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